新しいサン・ピエトロ聖堂(以後、新聖堂とする)が、莫大な資金と、数多の優れた芸術家たちの奉仕によって形づくられたキリスト教建築文化を代表する建築である。とりわけブラマンテからミケランジェロ、カルロ・マデルノ、そしてベルニーニにいたるまでの構想と創作のバトンは、結果的にこのモニュメントの壮大さと崇高さへとつながったように思える。ただ、15世紀当初の旧聖堂は、状態こそ悪かったものの、災害等によって甚大な被害を被ったわけではなく、一から作り直さなければならないほどではなかったはずだ。大規模な再建への反対の声が大きかったことは、いくつかの記録やテクストが教えてくれる。本格的に再建工事が始まった16世紀初頭以降、1600年代になっても、旧聖堂のできる限りの保存が請願されていた。それでもなお、旧聖堂は跡形もなく壊されてしまった。 そこで、本研究では多くの人が興味を持つはずの、新聖堂のデザインの革新性や細部の妙、芸術家と教皇の群像劇については、あえて後景へと追いやって、そもそも旧聖堂の破壊という事実が、建築の保存行為とはまったく相反するものなのか、そして旧聖堂と新聖堂はおよそ不連続なモニュメントなのかを考察した。 2021年度の一つの成果は、アルベルティの美と装飾に関する論文「アルベルティ『建築論』のpulchritudoとornamentum ―建築における美と装飾を再考する― 」である。これは本研究で議論してきたアルベルティの「創造的修整」と装飾に関する議論である。アルベルティにとって、装飾は欠点や欠陥を整えるための優れた人為的操作であり、必然性をともなった化粧や衣服でもあった。装飾を通して、建物の修復することが、建築家の創作であるというアルベルティの強烈なメッセージ込められており、それがアルベルティのサン・ピエトロ聖堂の改築への態度にもつながると考えられる。
|