本研究では、歴史的建造物の保存修理において、その根幹をなす「構造補強」という行為を再考するための新たな枠組みを構築することを目的とする。その手立 てとして、構造エンジニアが修理工事に介入を始めた昭和初期の工事修理に注目し、実際の構造補強工事の分析を通じて、近代的な構造工学に基づく思想・技術の受容過程とその構造的特質の解明をめざす。最終年度となる令和5年度は、奈良県図書情報館所蔵の奈良県文化財建造物保存修理事業に関わる資料の分析をさらに継続し、古社寺保存法時代まで視野に入れ、明治後半から国宝保存法が制定される直前の昭和初頭までの文化財建造物の修理事業の把握を行った。修理技術者の大滝正雄に関する資料の収集、分析を実施し、当時代における修理技術者として大滝の特異な思想を明らかにした。また、明治以降奈良県下の建築工事に大きく関わった尾田組に所蔵される資料調査を実施し、修理事業に関わる情報の収集を行った。さらに、当時代の新築建造物の構造形式についても事例収集を行い、構造補強手法把握の補足情報とした。 本研究の期間全体を通じて、大きくは以下4点の成果をあげた。昭和初期における歴史的建造物保存修理工事のデータベース構築、明治後半から昭和初頭までの奈良県下歴史的建造物保存修理工事のデータベース構築、法隆寺五重塔・金堂修理工事事業における構造エンジニアの介入の様相解明、昭和初頭の修理技術者の修理思想の解明(大滝正雄研究)。
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