研究課題/領域番号 |
18K14125
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
永井 滋一 三重大学, 工学研究科, 助教 (40577970)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 電界放出 / 電子ビーム応用 |
研究実績の概要 |
電荷密度波励起状態のCr表面には,フェルミ準位近傍に高い電子状態密度をもつバンド形成が理論予測されている.そこで,本研究では単結晶Cr薄膜をタングステン針先端に形成し,これを陰極材料とした電界放出電子のコヒーレント性を実証し,電子顕微鏡および電子分光装置の光源への応用を目的としている.本年度得られた成果は以下の通りである. 1.単結晶Cr陰極の作製方法の確立 フラッシング,および電界蒸発によって表面を清浄化したタングステン針先端に,超高真空下で電子ビーム蒸着法によって堆積させたCr薄膜を電界放出顕微鏡(FEM)で観察した.その結果,1000 Kで加熱することで,下地タングステンの結晶面を反映したFEM像が観察された.特に,W{311}面に強度の強い電子放出サイトが形成され,下地タングステンよりも低い印加電圧で電子放出が生じる事が明らかになった. 2.Cr/W{311}面からの電界放出電子の単色性 Cr/W{311}面からの電界放出電子のエネルギー分布を,同心円筒型電子分光器で測定した結果,エネルギー幅の最小値は240meVであり,自由電子モデルと比較して約20%狭いことが判明した.また,エネルギー分布のリーディングエッジは,下地タングステンと同程度であり,放出電流の増大はW{311}面に局所的電界増強因子の高い微結晶が形成されたことに起因すると推察された.さらに,放出電子のスピン偏極度は30%であり,エネルギー分布の低エネルギー側に見られたハンプ形状は各スピンバンドからの放出電子のエネルギー分布を示していると考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
優先的な電子放出が生じる陰極の作製条件を確立し,その要因がW{311}面上にCr微結晶の形成であることを電界放出顕微鏡およびエネルギー分析によって明らかにすることができた.エネルギー分布を解析した結果,Crの仕事関数に対応したリーディングエッジを持つが,Cr微結晶の形成によって低い印加電圧においても放出電流が増加することが判明した.Cr表面からの放出電子のエネルギー分布は,自由電子モデルと比較して20%程度の狭小化が,室温において可能であることが示された.理論予測との差異は,エネルギー分布にハンプ形状がアップスピンとダウンスピンバンドの電子がともに電子放出に寄与しているためであると考えられる.Cr微結晶が等価なW{311}面上に形成されるため,それぞれの特性にもエネルギー分布,スピン偏極度に差異が生じることも明らかになった.そのため,次年度の課題として,片方のスピンバンドからの電子放出がより優先的に生じるような表面を検討する必要があることが今後の課題として明確になった.また,陰極を冷却がCr表面での電荷密度波励起状態を形成する上で不可欠である可能性が判明した.さらに,放出電流が増大することで電子励起脱離により残留ガスによる表面の汚染も懸念されるので,NEGポンプによる真空排気よる改善を進めている.上述のように,研究目標を達成するための課題,および研究指針は明確になっており,次年度で解決する準備が整っている.
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画に沿い,単結晶Crからの電界放出電子のエネルギー分布測定を行う.次年度は,W{311}面上に成長したCrだけでなく,スピン偏極度の高いW(001)面上に成長したCr表面からの放出電子のエネルギー分析を実施する.W(001)面上に単結晶Cr薄膜,あるいは微粒子が形成されていることを,電界イオン顕微鏡によって原子レベルで観察し,電界放出電子のスピン偏極度についても評価する.これらの評価により,エネルギー分布のハンプとして観測された少数スピンバンドからの電子放出を抑制する.また,昨年度実施した測定では室温に限って評価してきたが,Cr薄膜を電荷密度波励起状態を阻害する熱励起を抑制するために,クライオスタットによって陰極を冷却してエネルギー分布の測定を実施する.単色性電子ビーム放出に要する陰極温度,および放出電流の条件を検討して,実用化に向けた最適動作条件を検討する.さらに,放出電子のエネルギー分布を,下地タングステンの結晶方位,および表面状態に対して測定する事で多角的な評価を実施する.また,超高真空下において,放出電流,およびエネルギー分布の安定性などを多角的に評価する.その際には,酸素,窒素,水素などを導入した動作圧力が,エネルギー分布に及ぼす影響を明らかにする.さらに,エネルギー分布および放出電流を復元するための手法として,表面清浄化を目的としたアニール,および電界蒸発処理の条件を明確にする.
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