電子デバイス等の超微細化に伴い,電子ビームを用いた観察・分析装置に高い空間分解能とエネルギー分解能が要求されている。また,有機・生体試料の観察のため,既存の電子源を低加速電圧で用いた際に,電子ビームのエネルギー広がりに起因する色収差による制限が顕著になる。そこで本研究では,電荷密度波励起状態のCrを陰極材料に用いた電界放出型電子源を開発し,放出電子のエネルギー幅を評価した。 超高真空下で,タングステン電界放出陰極上にCr薄膜を蒸着し,1000 Kの加熱処理を施した結果,W{113}上に電子放出サイトが形成され,放出電流が増大することが判明した。作製した電子源をアトムプローブで組成分析した結果,1000 KのアニールによるW-Cr合金の形成は確認されず,大気搬送に伴う表面酸化膜を除けば純粋なCr薄膜が形成されていることが明らかになった。 放出電子のエネルギー分布のリーディングエッジから仕事関数を見積もった結果,仕事関数は4.47 eVであり,バルクのCrと同程度であった。したがって,同一印加電圧における放出電流の増強は,W{113}上に形成されたCr薄膜の局所的な電界増強因子の増大に伴うものであると推察される。放出電子のエネルギー幅は,放出電流の低下に伴って,1 eVから0.5 eVまで低下するとともに偏極度も低下した。この傾向は,フェルミ準位から0.8eV下のエネルギー準位に状態密度の高いバンドが存在するため,放出電流の増加に伴って放出電子の多数を占めると推察される。Cr/Wスピン偏極電子源は,電子スピンとエネルギーのコヒーレント性を印加電圧によって切り替え可能な電子源であることが明らかになった。今後,全放出電流1nA以下の印加電界において,更なるエネルギー幅の狭小化も期待されるため,エネルギー分析器の感度を向上させてエネルギー幅の狭小化について研究を進める。
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