研究実績の概要 |
本研究は、分子メモリー素子の候補物質である単核スピンクロスオーバー(SCO)錯体を対象に、低温下で光により誘起される準安定高スピン状態からの低スピン状態への熱緩和を抑制し、熱緩和温度(T(LIESST))を室温に近づける分子設計方策を示すことを目的として実施した。具体的には、Le'tardらにより示された熱的スピン転移温度(T1/2)とT(LIESST)の反比例相関T(LIESST)=T0-0.3×T1/2において、中心の鉄(II)イオンを取り囲む直鎖型多座配位子が単座→二座→三座→四座となるにつれて、T0(多座配位子環境に依存する定数)が100→120→150→180Kのように高まる傾向に着目した。六座の直鎖型配位環境をもつ単核SCO分子群について上記相関が成り立つなら、単核系のT0の最高温度(180K)を更新できると考え、新規錯体の合成を進めた。 研究代表者独自の分子系である1,2,3-トリアゾール基を有する直鎖型シッフ塩基六座配位子からなる鉄(II) SCO錯体について、置換基、及び対アニオンの異なる複数の誘導体を合成し、各誘導体について光誘起スピン転移(LIESST)後のT(LIESST)と熱的スピン転移温度(T1/2)を測定した。それらの値からT0を算出した結果189Kとなり、四座以下の直鎖型多座配位子SCO錯体に比べ高い値を示した。一方で、本分子系には、光誘起高スピン状態への変換速度の遅さや変換率の低さに課題があることもわかった。T0の評価には光誘起高スピン状態への変換率が低い(3-30%)錯体も含まれるため、今後も誘導体合成を行い、光変換効率の高いサンプルの実験データを充実させ、より信頼性の高いT0を求めていく。なお、本研究では、三脚型六座配位子や直鎖型五座配位子を用いた類縁錯体も合成し、それらのSCO特性と直鎖型六座配位子錯体のSCO特性との比較も行った。
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