本研究は,二酸化炭素の高効率な再資源化とエネルギー媒体として取り扱い易いギ酸やメタノールを基盤とする維持可能な循環型物質社会の構築を念頭に,これまでに達成されたことのない遷移金属クラスターで行う二酸化炭素の水素化を目的とした。また,分子化学的ボトムアップから元素戦略を提案するものでもあり,分子レベルの設計に基づく安価な卑金属を用いた貴金属代替材料開発を目指した。隣接した位置で複数の金属イオンを支持するのに適するよう4つのリン原子をすべてメチレン鎖で架橋した直鎖型四座ホスフィンを支持配位子に用いたところ,7つのヒドリドを有する銅9核クラスター (1) と14個のヒドリドが架橋した銅16核クラスター (2) が得られた。これら金属骨格は,錯体1では一頂点を欠いた超四面体構造をとり,錯体2は二頂点を欠いた超八面体構造を有するもので幾何学的にも美しい。さらに合成法を工夫することで,速度論的に生成する銅8核ヒドリドクラスター (3) を単離することができ,対称性をもたない大きく開いた構造のこの錯体はCuH種と反応して錯体1に変換することを確認した。興味深いことに,錯体3は1気圧の二酸化炭素と速やかに反応して3つもしくは2つのギ酸イオンが架橋した直鎖状銅4核錯体を与え,また,錯体3は二酸化炭素の水素化反応を触媒することも見出した。多核骨格を保持したまま反応が進行した初めての例である。これに対し,かご型ヒドリドクラスター 1および2は安定で反応性に乏しい。以上より,ひとつの配位子で二酸化炭素との反応性を操ることのできる多様な構造の銅ヒドリドクラスターを開発した。
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