シルクの熱的成形を行う場合、成形後にその物性を任意にデザインできることが望ましい。本年度は、天然のクモ糸とカイコ糸を溶媒に可溶化し、シルク分子間の水素結合を解離させることによって、分子鎖が密に存在する部分である結晶領域を解体して、分子鎖が疎に存在する非晶領域を多く含むフィルムを作成した。この非晶性フィルムに対して、圧力印加と湿度処理を行うことで、シルクフィルムの結晶構造と力学物性への影響を評価した。 圧力印加に対して、クモシルクフィルムは980 MPaまでの圧力印加に対して応答を示さなかった一方で、カイコシルクフィルムは100 MPa前後の圧力印加に応答し、非晶領域が結晶領域に転移することが見出された。 一方で、湿度処理に対する応答性を調べたところ、クモとカイコシルクフィルム共に、相対湿度97%の処理によって、非晶領域が結晶化することが判明した。このようなクモとカイコシルクの圧力と湿度に対する応答性の違いは、構成するアミノ酸配列の違いによるものだと考えられる。クモシルクを構成するアミノ酸配列は、ポリアラニンが主要であり、カイコシルクの場合はグリシンとアラニンの交互配列が主となっている。しかしながら、アミノ酸配列依存的な分子鎖の圧力応答性の違いの詳細については未だ分かっておらず、今後の課題である。 圧力と湿度処理後のシルクフィルムは、処理前のフィルムと比較して、強度が向上していることが分かった。このことから、シルクを材料として使用する際には、圧力印加や高湿度処理によって、その物性を変化させることができることが本研究で示された。 シルクは軽量性・高強度性・柔軟性・低細胞毒性・生体適合性・生分解性などの特長を有しており、持続可能な開発目標(SDGs)に適合した次世代材料として注目されており、「圧力」と「湿度」で物性をデザインできることは、シルクの有用性を向上できると考えられる。
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