担子菌(キノコ)由来天然物の生合成研究においては、従来cDNA配列を用いた異種発現が検討されてきた。これは、発現宿主である酵母や大腸菌がキノコの遺伝子を正しくスプライシングできないためである。この方法では通常の培養条件で転写されない遺伝子のcDNA配列を得ることが困難であり、研究対象が限られていた。申請者は、子嚢菌である麹菌を宿主として、様々な天然物の生合成経路を解明してきた。子嚢菌と担子菌のイントロンを比較すると、長さや認識配列が非常に似ていることから、麹菌は担子菌由来の遺伝子でも正しくスプライシング可能だと着想し研究を開始した。本研究では、キノコが生産する神経成長因子合成促進物質エリナシンを題材として、これまでに報告例のないゲノムDNA配列を利用した異種生産を検討した。 はじめに、過去の研究で高収量を与えた麹菌形質転換体のゲノム解析を行い、外来遺伝子導入部位を同定した(以下ホットスポット (HS) とする)。また、遺伝子導入にはゲノム編集技術の一つであるCRISPR/Cas9を用いたノックイン法を適用し、高い形質転換効率を達成した。4か所のHSに対して、マーカーリサイクル法を用いて多重の形質転換を行うことで、多数の生合成遺伝子の同時発現が可能となった。 続いて、エリナシン生合成に必要な遺伝子のゲノム配列をクローン化し、麹菌に導入した。遺伝子の転写とスプライシングを解析し、90%のイントロンが正しく除かれていることを明らかにした。残りの10%は、PCRにより簡単に修正可能である。以上の結果から、麹菌はキノコ由来遺伝子発現可能であることを示した。 最後に、エリナシンの生合成遺伝子や、遺伝子クラスター外に見出したアセチル基転移酵素遺伝子、植物由来のUDP-キシロース生合成遺伝子等計10遺伝子を二回の形質転換によって麹菌に導入し、天然物エリナシンQの生合成を達成した。
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