研究課題
自然界の生物が限られた栄養条件下で生命活動を維持する戦略の中に,「1つの化合物群を巧みに制御することでさまざまな機能を持たせる」という方法がある。主にアブラナ科によって生産される含硫黄二次代謝産物のグルコシノレートはその好例であり,外敵に対する化学的防御物質であると同時に,植物自身の生命活動を制御するシグナルとしてもはたらくと考えられている。本研究ではシグナル分子としてのグルコシノレートの機能解明を目指し,生理活性を発揮する起点である分解プロセスを解析する。同位体ラベルなどの合成化学的手法と,各種質量分析装置を駆使したメタボローム解析を組み合わせることで,分解産物のプロファイリングを高感度で実現し,組織破壊を伴わない細胞レベルのグルコシノレート分解現象を明らかにする。本年度は、重水素でラベルしたグルコシノレートの合成に成功し、同化合物で処理したシロイヌナズナ中の代謝産物を質量分析装置で網羅解析した。その結果、特定の化合物群の重水素ラベル体が時間依存的に増減することを見出し、植物体内での推定分解経路の構築に至った。また、この分解経路が特定の環境刺激において観察されるグルコシノレート量の減少と密接に関連していることを明らかにした。さらに、遺伝子変異体を用いた表現型解析から、同経路と関連している可能性が高いタンパク質を複数同定した。特に、グルコシノレート分解酵素として知られる従来のクラスとは異なるβ-グルコシダーゼの1つがグルコシノレート加水分解活性を示す事を明らかにした。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は、当初の予定通り同位体ラベル化グルコシノレートの合成に成功し、同化合物で処理したシロイヌナズナのメタボローム分析によって、組織破壊に非依存的な植物体内でのグルコシノレート分解の一端を明らかにした。また、この分解経路が特定の環境刺激において観察されるグルコシノレート量の減少と密接に関連していることが示唆され、グルコシノレート分解が環境刺激に対する適応応答にも貢献することもわかった。さらに、トランスクリプトーム情報と遺伝子変異体による解析から、同経路を担う複数の酵素の同定に成功し、特に、従来の常識よりもはるかに幅広いクラスのβ-グルコシダーゼがグルコシノレートを分解できる可能性を示した意義は大きい。以上より、植物が一次代謝産物を活用して積極的にグルコシノレートを分解する「カタボリズム」のシステムを有していることが明らかとなった。同システムのさらに詳しいメカニズムの解明が待たれるほか、より多様な二次代謝産物にも「クラッシュ&ビルド」の概念が適用できる可能性が生まれ、これまでは生合成に多くの目が向けられてきた同研究領域に一石を投じることができたと考えている。
当初の研究計画に従い、残りの実験を随時進めていく。同位体ラベル化グルコシノレートについては、異なる元素・位置をラベルした誘導体をさらに作成し、同分解経路を異なる視点から解析する。並行して、マイクロアレイデータとの統合解析による分解経路の責任遺伝子群の同定を継続して行う。代謝物の時系列変化と協調する遺伝子をBL-SOM法などで抽出し,各変換反応への関与が予想される遺伝子を絞り込む。有望な遺伝子については変異体を取得し,代謝物の変化などから関連性を証明する。さらに、分解産物の添加に対するシロイヌナズナの応答解析を行う。GLSの多機能性が分解産物の多様性に由来するという仮説の下,実生を様々なGLS分解産物で処理し,統合オミクス解析を行う。オミクスデータを各分解産物の「表現型」とし,植物の生命活動への寄与を比較解析する。
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Nature Methods
巻: 16 ページ: 295~298
https://doi.org/10.1038/s41592-019-0358-2
Plant Physiology
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https://doi.org/10.1104/pp.18.00984