本研究の目的は、食脂肪に対する嗜好性の形成・維持に海馬PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase)/Akt-mTOR (mammalian target of Rapamycin)シグナル伝達経路が関与しているか、および食脂肪摂取時にどのような機序でPI3K/AKt-mTORシグナル伝達経路が活性化されるかについて、動物行動学的手法および生化学的手法を用いて明らかにすることである。これまでの研究により、食脂肪の嗜好性には海馬神経細胞におけるPI3Kシグナル伝達経路が関与していることが明らかとなっている。薬物への執着において海馬のPI3K/Akt-mTOR経路はオピオイド受容体を介して活性化されることが報告されている。そこで、食脂肪摂取時における海馬PI3K/Akt-mTOR経路活性化にもオピオイド系が関与しているかについて行動薬理学手法を用いて検討を行った。マウス腹腔内へのオピオイド受容体拮抗薬投与により、食脂肪に対する嗜好性の低下が見られ、海馬mTORの活性化が阻害された。また海馬へのμオピオイド受容体拮抗薬の微量投与により食脂肪に対する嗜好性の低下が見られた。以上より、海馬神経細胞におけるPI3K/Akt-mTORシグナル伝達経路は、海馬のμオピオイド受容体を介して食脂肪の嗜好性に関与していることが示唆された。本研究に用いた食脂肪は、乳化油脂であり、レシチンを用いて乳化した大豆油溶液である。レシチンがこの乳化油脂の嗜好性に関与するか、およびレシチンに対する嗜好性はオピオイド受容体を介しているかについても検討を行ったところ、レシチンは乳化油脂の嗜好性に関与しているが、レシチンの乳化油脂の嗜好性に対する寄与率は大豆油に比べて低い可能性が示唆された。加えて、レシチンに対する嗜好性はオピオイド受容体を介していることが明らかとなった。
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