本研究ではまず6種類のイヌ乳腺癌細胞株のにおける長鎖ノンコーディングRNAの発現レベルをリアルタイムPCRにより調べた。その結果、長鎖ノンコーディングRNAの一つであるH19が、イヌ乳腺癌細胞株CIPpで高発現していた。H19は、ヒトにおいて胎生期や様々な癌で発現することが知られ、癌の進行への関与も指摘されている。そこでCIPpに、イヌのH19 lncRNAと相補的な配列を有するsmall interfering RNA (siRNA)を導入し、real-time RT-PCRによりH19発現が効果的にノックダウンされていることを確認した。次に、それらの細胞を用いてBoyden chamber assayを行った。その結果、H19ノックダウン細胞の遊走細胞数はコントロール細胞に比べて統計学的に有意に減少した。さらに、同じ細胞を用いてCell tracking assayを行った結果、H19ノックダウン細胞の移動距離はコントロール細胞に比べて統計学的に有意に短いことがわかった。このように、本研究によりH19はイヌ乳腺癌細胞の遊走能に関与している可能性があることが明らかになった。 次に、イヌの様々な正常臓器におけるH19の発現をreal-time RT-PCRにより調べたところ、骨格筋では高いH19の発現が認められた。肝臓でもH19が発現していた。一方で、胃粘膜、腸粘膜、膵臓、大脳組織などでH19の発現は低値であった。またイヌの乳腺病理組織のパラフィン包埋組織ブロックから直径数ミリのコアをくり抜き、組織マイクロアレイを作製して、H19の局在をin situ hybridization法により検討したところ、少ない症例ながらも乳腺癌の癌細胞で明確な陽性像が認められた。このようにイヌの一部の乳腺癌の癌細胞で実際に長鎖ノンコーディングRNAが発現していることが証明され、それをターゲットにした治療法を試みる価値があることが示された。
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