研究課題/領域番号 |
18K14664
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
河野 健一 京都大学, 化学研究所, 助教 (70732874)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 境界領域 / 人工脂質ラフト / 錯体化学 / 膜透過性ペプチド / 直接膜透過 |
研究実績の概要 |
本研究では、膜透過性ペプチドR8の直接膜透過現象のメカニズムを明らかにする為に「R8が直接膜透過する際に脂質ラフトを足場として利用し、ラフト相-非ラフト相の境界領域から細胞内に流入する」仮説を立てた。細胞膜上で安定したラフトを構築する為に、これまでリポソーム上でしか確立されていなかった錯体化学に基づく人工脂質ドメイン構築技術を生細胞膜上に展開し(1年目)、ラフト領域の脂質パッキング評価とR8流入過程の観察を行う(2年目)研究計画を立てた。 本年度では、生細胞膜上で人工脂質ラフトの構築に成功した事を報告する。まず、細胞毒性を示さない濃度の錯体脂質Mn-dabco-C16と金属塩NiCl2を用いて細胞膜上でのラフト形成を共焦点顕微鏡で観察した。ラフトは液体秩序相の性質を持つ為、液体無秩序相に分配しやすい蛍光脂質β-BODIPY FL C12-HPC (B-C12)で細胞膜を染色するとラフト形成と共にB-C12の分布が変化する。無処理細胞ではB-C12が均一に分布するのに対して、錯体脂質添加後には黒い点が現れて不均一な平面分布を生み出し、さらにNiCl2を添加すると黒い点が互いに融合して直径約1-3 umのドメインへと成長する様子が見られた。Ni添加で錯体脂質同士が強固に繋ぎ止められ巨大なネットワークが形成されると共に、不安定な界面の表面積を減らす相分離の粗大化プロセスが自発的に進行した。次に、ラフト形成に伴う膜の物性変化を調べる為に、環境応答性プローブDi-4-ANNEPDHQを用いて脂質パッキングを評価した。その結果、ラフト領域では顕著に脂質パッキングが緩和したのに対して、周辺領域では逆にパッキングがやや強固になっていた。この現象はラフトの格子状ネットワーク構造に由来した脂質間距離を反映している可能性がある。本年度で培った技術を活かして、最終年度ではR8流入過程の観察を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
理由1:初年度の研究目標を早めに達成できた為、次年度に計画していた研究を前倒しで行い新たな知見が得られた。 1年目に「生細胞膜上での人工脂質ラフトの構築」、2年目に「ラフト-非ラフト領域における脂質パッキング評価およびR8流入過程の観察」を研究目標に掲げていたが、人工脂質ラフトの構築が計画以上に順調に進んだ為、前倒しで2年目に計画していた脂質パッキング評価を行った。その結果、ラフト-非ラフト領域における膜の脂質パッキングの緩急に違いがある事を見出した。脂質パッキングはR8が細胞内に流入する過程で重要な要素である為、初年度で脂質パッキングの研究結果を得られた事で次年度の研究が飛躍的に進むと予想される。
理由2:生細胞膜環境特有のラフトの性質を発見した。 生細胞膜上で構築した人工脂質ラフトはリポソーム膜上では見られなかった特有の性質を有している事が分かった。リポソーム膜上では錯体脂質分子同士を繋ぎ止める為に金属イオンが脂質間ネットワーク構築(ラフト形成)に必要不可欠だが、興味深い事に、生細胞膜上では金属イオンが無くても錯体脂質だけで小さなラフト領域が形成され、ゆっくりと自己集積化していく様子が見られた(10-20分程度必要)。この現象には生細胞の持つアクチン膜骨格の関与が示唆されている。アクチン膜骨格の作り出す膜上の微小領域に錯体脂質が閉じ込められ、行動範囲に制限を受ける。局所濃度の高まりによって錯体脂質は金属イオンが無くてもラフトを形成できるが、アクチン膜骨格が崩壊すると錯体脂質が分散してラフトが消失すると考えられる。実際に細胞のアクチン膜骨格を壊す試薬を処理するとラフトが消滅していく様子が観察された。金属イオン存在下では錯体脂質分子同士が強固に繋ぎ止める為、アクチン膜骨格が壊れていてもラフトは維持されていた。
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今後の研究の推進方策 |
人工脂質ラフトがラフト本来の性質を有することを証明するために、ラフトマーカーである蛍光標識体ガングリオシドとスフィンゴミエリンが人工脂質ラフトに取り込まれる様子を観察する(人工ラフトを選択的に標識する手法にも成る)。R8の直接膜透過メカニズム解明に向けた作業仮説では、静電気的相互作用でガングリオシドやスフィンゴミエリンの近傍にR8がリクルートされて膜近傍に集積し、その後、ラフト-非ラフト間の境界領域から細胞内に流入する事を想定している。これを証明するために、2色同時観察が可能な全反射蛍光顕微鏡で蛍光標識した脂質分子の挙動を追尾し、蛍光標識体R8と共局在することを観察する。この時に共局在点付近でR8が細胞内に入る様子が観察できれば、生細胞で脂質ラフトがR8の直接膜透過に関与することが言える。また、ラフト形成を阻害した時に流入点形成が阻害されることを示す。脂質分子が脂質ラフトに取り込まれると脂質分子は一時的に停留することが既に分かっているため、脂質分子の拡散係数の低下や、R8有無におけるラフト寿命の変化も数値的に示す。脂質分子はラフトマーカーとして既に確立されているATTO488または594で蛍光標識したガングリオシドGM1-3とスフィンゴミエリンを用いる。R8はAlexa488または568で標識する。
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