研究課題
ユークロマチンとヘテロクロマチンの分布パターンは、細胞の独自性を規定する遺伝子の発現制御に不可欠である。本研究は、ほ乳類におけるヘテロクロマチンパターンの形成機構を解明することで、遺伝子の発現制御におけるクロマチン高次構造の役割を明らかにすることを目的としている。今年度は、ヘテロクロマチンを構成するヒストン修飾の一つであるH3K9メチル化に着目した研究を展開した。ヘテロクロマチンは、H3K9メチル化にHP1というタンパク質が結合することで作られる。そこで、どのようにH3K9メチル化が形成されるかを明らかにするために、H3K9メチル化を修飾する、あるいは除去する酵素をノックアウトしたマウスES細胞を作製した。それらの細胞を用いて、RNAシーケンス解析やヒストン修飾に対するChIPシーケンス解析をおこなった。その結果、H3K9メチル化を修飾する酵素ごとに標的としている遺伝子領域や修飾の程度が異なることや、H3K9メチル化を除去する酵素によって染色体全体に渡ってH3K9メチル化の抑揚をつけることが考えられた。マウスにおいて、H3K9メチル化を認識するタンパク質は、主にHP1ファミリーとCdylファミリーが存在する。それぞれのノックアウトES細胞を比較したところ、HP1ファミリーのノックアウトは、H3K9メチル化によって抑制されているレトロトランスポゾンの発現の脱抑制が著しく引き起こされることが明らかになった。一方でCdylファミリーのノックアウトでは、その表現型は観察されなかったことからH3K9メチル化によるレトロトランスポゾンの抑制は、主にHP1ファミリーによっておこなわれることが考えられた。これらの結果は、H3K9メチル化が染色体にどのような影響を及ぼすかを考える上で、重要な知見となりうる。
2: おおむね順調に進展している
所属研究室は、H3K9メチル化の形成・維持に関わる主要なタンパク質のノックアウトES細胞を数ライン保持しており、今年度は、それ以外の主要なH3K9メチル化関与タンパク質のノックアウトES細胞を作製した。それにより、H3K9メチル化に関わる因子の網羅的解析が可能になり、どのようにH3K9メチル化を土台としたヘテロクロマチンが作られるかを考える上で、大きな前進になりうる。ヒストン修飾研究は、基本的な分子生物学実験に加え、ChIPアッセイなどの難易度の高い実験系や、次世代シーケンサー技術を利用したin silico解析が不可欠である。今年度はそれらウェットとドライの技術を概ね確立できた。これらの理由から、当初の研究計画に対して順調に進展しているといえる。
今年度、H3K9メチル化に関わるタンパク質のノックアウト細胞を揃え、RNAシーケンスや、ヒストン修飾に対するChIPシーケンスなどの解析をおこなった。来年度は、それらの情報を統合し、H3K9メチル化関連タンパク質間の相互作用を推定、多重ノックアウト細胞を作製する。ヘテロクロマチンは、H3K9メチル化がつくるものと、H3K27メチル化がつくるものに大別できる。この二つの修飾はクロマチンに排反して存在するが、どのようにそのようなパターンが形成されるかは明らかにされていない。H3K9メチル化酵素の一つであるG9aやH3K9認識タンパク質であるCdylは、H3K9メチル化の維持に関わっているという報告があることから、その他のH3K9メチル化関連因子や、H3K27メチル化関連因子と多重ノックアウト細胞を作成することで、どのようにH3K9メチル化とH3K27メチル化の住み分けがなされるのかを明らかにする。
今年度はノックアウト細胞の作製に時間を要したため、計画よりも使用した金額が少なかった。来年度は、それらの細胞に対する網羅的な解析を頻繁におこなうため、今年度の繰越し額はその解析費用に充てる予定である。
すべて 2018
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Stem Cell Rep
巻: 10 ページ: 1340-1354
10.1016/j.stemcr.2018.02.002