研究課題
ヒトを含む高等動物の脳は、多数の神経細胞からなる複雑かつ精巧に組織された神経回路によって外界からの感覚情報を適切に処理し、行動する。この情報処理の根幹をなす神経回路は、遺伝的プログラムによる基本的なシステム構築のあと、臨界期に生じる神経活動に依存した精緻化を経て完成される。マウス嗅覚系において、嗅細胞で発生する神経活動は発現する嗅覚受容体の種類に応じた回路構築(軸索の収斂)を制御する。この神経活動に依存した軸索収斂の分子的基盤として、我々はこれまでに神経活動を介して制御される複数の細胞接着分子を同定している。これらの細胞接着分子の発現量は発現するOR分子に依存しており、分子間での発現パターンは大きく異なっている。このことから、以下の2つ疑問が想定される。一つは、どのようにORの種類という情報が神経活動のスパイク列の中に表現されるのか、もう一つは神経活動を介してどのように軸索選別分子の多様な発現パターンがつくり出されるのかである。そこで本研究では、遺伝子改変マウスを用いて嗅神経の神経活動を観察・操作することを通じて上記の2つ問題の解明に努めた。まず一つ目の問題を明らかにするために、カルシウムイメージング法を用いて嗅神経の神経活動を可視化し、時間変化のパターンを解析した。その結果、発生期の嗅細胞においては、視覚系など他の脳領域で知られているような隣接する神経の同期的な発火は観察されなかった。さらに、発現する嗅覚受容体の種類と自発的神経活動の対応関係の検証を行なったところ、嗅細胞は発現する受容体の種類に応じた特異的な神経活動パターンを示すことが明らかとなった。
1: 当初の計画以上に進展している
一般に、活動依存的な回路形成のメカニズムとしては、従来シナプス前細胞と後細胞との間における同期的な発火が重要であると考えられている(ヘブの法則)。一方、本年度の研究結果において、発生期の嗅細胞においては、視覚系など他の脳領域で知られているような隣接する神経の同期的な発火は観察されなかったものの、嗅細胞は発現する受容体の種類に応じた特異的な神経活動パターンを示すことが明らかとなった。このことは、嗅神経の回路形成はヘブ則に依らない新規の機構により表現されていることを示唆している。次年度以降の研究により、既存のよく知られた機構とは異なる、活動依存的な回路構築の新しいメカニズムを明らかにできるものと期待できる。
次年度は、嗅細胞での神経活動がどのようにして細胞接着分子の多様な発現パターンを作り出しているかを明らかにするために、光遺伝学の手法を用いて嗅神経の神経活動を操作する。この目的のため、まずは嗅細胞特異的にチャネルロドプシンを発現する遺伝子改変マウスを作成する。この遺伝子改変マウスの嗅細胞に対し、青色LED光の照射によって人工的な神経活動パターンを誘導する。その際に、誘導するパターンとしては本年度の実験結果を参考とし、内在的な嗅細胞の神経活動パターンを再現する。嗅細胞に様々な人為的神経活動パターンを光照射した後、着目する細胞接着分子群の発現変化を組織学的手法(in situ hybridiation法および免疫染色)、および定量PCRにより解析する。これらの結果から、嗅細胞の活動依存的な回路構築のメカニズムを明らかにする。
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European Journal of Neuroscience
巻: 48 ページ: 3246-3254
10.1111/ejn.14099