味覚系は、動物の生命維持に必須な摂食行動に直結し、また、視・嗅覚など他の感覚系に関連した行動を変える学習の際の報酬となり得る。このため、実験的に「どれだけ好きか」を観察しやすく、感覚情報に対する価値判断の機構にアプローチするのに大変優れた系である。 本研究では、豊富な分子遺伝学的手法が利用可能なキイロショウジョウバエ(以下、ハエ)をモデルとして用いた。ハエでは、口で感じた味情報は味覚感覚神経で脳に送られ、この神経から情報を受け取る二次神経細胞が行動決定に関わると考えられる。私は甘味に反応する味覚感覚神経に接続する二次神経細胞を15タイプ同定していたが、これらの行動決定での役割は明らかでなかった。 そこでまず、これらが甘味の味覚二次神経細胞の全てをカバーすることを示唆する結果を得た。次に、2タイプの味覚二次神経細胞について、その細胞のみを標識する遺伝子組み換えハエ系統を得た。これにより、行動実験の際、着目した味覚二次神経細胞だけを、他の細胞に影響を与えることなく操作可能になった。この2タイプのうち片方について、選好行動と嗅覚連合学習の行動実験を他機関の共同研究者が行ったところ、神経活動を操作したときとしなかったときの間でどちらの行動にも差はなく、このタイプの細胞はこれらの味覚行動には関与しないことが示唆された。最終年度は、もう片方のタイプについて私自身が選好行動の実験を試みたが、実験系が上手く動かなかった。そこで、実際の手技を共同研究者に習うことを検討したが、COVID-19流行による出張制限のためそれは適わなかった。 一方、本研究で得られた成果と、私が本研究開始前までに得た成果とを合わせて発表し、The 48th Naito Conferenceにて優秀ポスター賞という評価を得ているので、今後、これまでに得られたデータを一刻も早く論文の形にして社会に還元したい。
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