研究課題
生態的種分化の過程で分岐選択が繁殖期に働いた場合,異なる集団間での交配機会が減少し生殖隔離が進行する.植物では開花期のずれを伴う種分化が頻繁に観察される.ゆえに,開花期の集団間変異の遺伝的基盤とその進化動態を解明することが,植物の生態的種分化過程の理解において重要である.キク科植物・アキノキリンソウは北海道で多様な時期に開花するエコタイプを形成し,秋に開花する一般型のほかに,6月下旬-8月上旬に開花する早咲き型が蛇紋岩地帯と高山帯に分布する.この早咲き性は蛇紋岩地と高山という異なる環境で平行選択され,それぞれの局所集団の分化に関わっている.本研究では,これら3エコタイプの全ゲノム解析を行うことで,早咲き性をもたらした遺伝的変異を特定し,それらが蛇紋岩地帯と高山帯で共有される変異なのか,それとも個別に生じた変異なのかを検証することを目的とした.3つのエコタイプについて全ゲノムシークエンスを行い,蛇紋岩型と一般型の集団ペアで顕著な分化を示すゲノム領域を抽出した.その結果,あるペアでは開花遺伝子ネットワーク統合部の遺伝子の上流部に約300bpの欠損が見つかった.同じペアを対象に開花遺伝子の時系列発現をRNAseqで解析したところ,統合部以降のネットワーク上にある遺伝子で発現に時間差が生じていた.このため,当該遺伝子の発現調節領域に生じた変異によって,蛇紋岩型の早咲き性が進化した可能性が考えられた.一方で高山型と一般型のゲノム比較では,アウトライヤーとして開花遺伝子が抽出されず,高山帯での早咲き性に関連した遺伝子の特定には至らなかった.しかし,早咲きの蛇紋岩型で選択されていると考えられる変異は高山型には見つからず,その遺伝子周辺の分化度も低く保たれていた.このことから,高山型では蛇紋岩型とは異なる開花遺伝子に変異が生じた結果,早期開花性が平行進化したと考えられた.
1: 当初の計画以上に進展している
令和1年度は追加のゲノムリシークエンスを計画通りに行い,得られたデータの分析から,異なる開花期を示すエコタイプの間で顕著な遺伝的分化を示す開花遺伝子を特定することができた.この遺伝子については,エクソン部位に塩基置換がなかったものの,遺伝子上流部に欠損を伴う高分化領域が見つかったため,時系列RNAseq解析をエコタイプペアを対象に実施し,開花遺伝子ネットワーク内のどの段階で発現時間差が生じるのかを調査した.その結果はゲノムスキャン解析の結果と矛盾せず,開花期統合部の遺伝子の発現調節領域が蛇紋岩型における早期開花性に関連している可能性が示された.この候補変異は,同じように早期開花する高山型では検出されなかったことから,同一の開花遺伝子変異が異なる環境で繰り返し選択された可能性は低いものと考えられた.こうした成果より,申請研究は当初計画以上に進展したと判断された.
本研究課題は計画よりも順調に進捗したため,令和1年度までで完了した.
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Annals of Botany
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https://doi.org/10.1093/aob/mcaa062
Acta Phytotaxonomica et Geobotanica