研究実績の概要 |
オオシロカゲロウは中・下流域に棲息する河川棲の水生昆虫であり、顕著な一斉羽化をし, 大量発生に至ることもある。また、本種は地理的単為生殖種でありながら、地理的傾向なしにモザイク分布しており, 世界的にも稀な地理的単為生殖の例の一つとなっている。これまでに同種でありながら系統によって繁殖タイプが異なり, かつ両タイプの個体が同一河川内に生息することもあることが明らかとなってきた。また、両系統間で一斉羽化の時間帯がずれていることも明らかになってきた。 これまで、カゲロウ類の一斉羽化の適応的意義としては、仮説1. 交尾相手発見の容易さ説と仮説2. 捕食者の飽食説が挙げられていた。しかし、オオシロカゲロウでは、どちらの仮説に対しても、矛盾を生じる。本研究では, カゲロウ類の一斉羽化はなぜ生じるのか, といった適応的意義について新たな解釈「繁殖干渉相手からの逃避説」を得ることを目的とする。 一年目の研究では、同一河川内で単為生殖系統と両性生殖系統の両系統個体が生息する福島県・阿武隈川における流程ごとの分布の違いについて発表した。阿武隈川の福島市における1990年代初めの性比調査では、オスが認められる両性個体群であったが、2009年からほぼメスばかりの個体群へと遷り変っていた。また、これらのメス個体は単為生殖系統であり、20年弱の間に両性生殖系統から単為生殖系統へと遷り変ったと考えられる。しかし、福島市よりも上流側ではオス個体が認められ、分布域の最上流地点である中島村では、メスへの性比の偏りは認められなかった。したがって、単為生殖系統のメス個体は阿武隈川の両性個体群に侵入した後、下流側で増えたと考えられる。この研究成果はBiological Journal of the Linnean Society 誌にて発表された。将来、両性生殖系統が減り、単為生殖系統が増えていくのかは明らかでなく、今後の研究課題としている。
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今後の研究の推進方策 |
研究① 福島県・阿武隈川や埼玉県・荒川以外に、両性生殖系統と単為生殖系統が同一河川内に分布する河川を明らかにする。関東地方の他、西日本の河川において, 河川流程レベルでの詳細な調査を行なう。具体的には, 流程規模での幼虫を対象とした性比調査・遺伝子解析による生殖系統の判別を行なう。また、環境DNAを開発・利用することで、単為生殖系統の有無の判別を行なう。 研究② 両系統間での羽化時間帯および両系統に対する捕食圧を明らかにする。コウモリ類 (モモジロコウモリやアブラコウモリなど), 魚類 (コイやオイカワなど), 肉食性水生昆虫 (ミズスマシなど), 野鳥 (マガモなど) を対象とした羽化時間帯における捕食者の調査を行なう。 研究③ 両系統間で生じる繁殖干渉を明らかにする。単為生殖系統と両性生殖系統間での羽化時間帯のシフトは, 両系統間において互いに繁殖干渉があるとすれば説明可能である。両系統個体が同所的に生息し, 同じ時間帯に羽化するならば, 両性生殖系統のメス羽化個体にとって, 単為生殖系統メス羽化個体の存在は, オス個体との交尾の妨げとなる。一方, 単為生殖系統メス個体にとっては, オス個体による交尾が繁殖を妨げている可能性がある。つまり, オートミクス型二倍体雌性産生単為生殖で発生する予定の成熟未受精卵が, 精子の存在により, うまく発生できなくなる, あるいは三倍体となり子孫を残すことができなくなる, といった繁殖干渉が生じる可能性がある。具体的には, 単為生殖系統メス羽化個体存在環境下での両性生殖系統メス個体の交尾率調査を行なう。また, オス成虫と単為生殖系統メス成虫間での人工交配・人工授精法の開発と発生観察調査を行なう。
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