多数の細胞が秩序正しく重層した脳構造はニューロン遊走によって形成される。ニューロン遊走に必須な細胞核移動を詳細に観察すると、著しい変形を伴って細胞核が細胞質内を前進することが分かった。申請者の予備実験によりニューロン核の弾性率が低い(柔らかい)状態に調節されることで、核移動が促進されている可能性が示唆された。一方でその柔らかさゆえに、外部より受ける機械的ストレスが増大した結果、細胞核内でDNAの損傷、修復が起こる可能性も示唆された。そこで遊走中のニューロンがもつ細胞核の弾性率調節機構、およびDNA損傷の修復機構を明らかにすることを目的として、本研究を開始した。これまでに発生過程の小脳組織内を遊走する小脳顆粒細胞のLaminAタンパク質のレベルが低いことを突き止めた。そこでLaminAを脳内を遊走する小脳顆粒細胞で強制発現させた結果、小脳内顆粒層に到達する小脳顆粒細胞の数が、コントロールと比較して若干低下することが分かった。これにより、細胞核弾性率の上昇が脳内のニューロン遊走を阻害することが示唆された。これまでに異なる発生ステージにある小脳顆粒細胞において、LaminA遺伝子の発現レベルの変化を示唆するデータを得たため、遺伝子発現の調節に関わるLaminA遺伝子の発現調節領域 (CpGアイランド) のメチル化状態を調べた。しかしながら、異なる発生段階でLaminA遺伝子のDNAメチル化に差は観察されなかった。 一方、遊走中の神経細胞核における機械的ストレスによるDNAの損傷については、DNA損傷のマーカーとなる53BPに着目し、緑色蛍光タンパク質融合型53BPの動態を調べたところ、狭小な空間を通過した際に53BPが一時的に凝集することを突き止めた。また、狭小な空間を通過させるin vitro実験系と薬剤処理による分子の撹乱実験により、非相同末端結合(non-homologous end joining (NHEJ))によってDNA損傷が修復されることが示唆された。
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