胎生期の哺乳類大脳において、神経前駆細胞から生産された娘細胞は周囲の分化細胞との接触を介したDelta-Notchシグナル伝達を利用して、「分化」か「未 分化」の運命選択を行う。従来、そのシグナル伝達は直近の隣接細胞間のみで行われる狭い範囲のものが想定されてきたが、最近、遠方の細胞にまで到達する葉状仮足を新規に発見したことで、そのやり取りはより広範囲に渡る可能性を見出した。 本研究の免疫電顕による三次元超微構造解析で、Deltaの膜局在領域は分化細胞の葉状仮足が存在する脳室面付近に限局していることが明らかとなった。もし葉状仮足を介した細胞間の接触がシグナル伝達に寄与するのであれば、分化細胞の葉状仮足を人為的に失わせた時に、周囲の娘細胞はDeltaシグナルを受け取れず、その多くが「分化」を選択するはずである。葉状仮足を消失させるために、その形成に関与するあるタンパク質の薬剤阻害実験を行った。組織内での仮足の 形態・動態をタイムラプス観察したところ、通常では仮足の伸長・退縮やその突出位置が時々刻々と変化する様子が観察されるが、薬剤により、仮足の消失あるいはその退縮が観られた。また、仮足形成に関与する他の遺伝子の発現を抑制するため、in uteroエレクトロポレーションを用いたshRNA導入によるノックダウン実験を行った場合でも、同様に仮足の消失が観察された。両実験系において、娘細胞がTbr2陽性(分化細胞に発現する転写因子)を呈する割合が増加する結果が得られた。これらの結果から、葉状仮足を介した遠隔的な細胞間接触が娘細胞の運命選択に影響を及ぼすひとつの要因であることが示唆された。ゲノム編集技術CRISPR/Cas9による同遺伝子を標的とした機能阻害実験においてもノックダウン実験と同様の結果が得られつつある。
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