研究課題
本プロジェクトは、ヒトを含む多くの生物種が生存していくために必要不可欠である「触覚」を担っている神経回路の形成過程を解明することを主な目的としている。これまでの過去の解析では、末梢神経損傷後や脊髄損傷後の回復過程において、回路形成異常をきたした一部の神経線維が生じるとことによって「触覚」神経回路の刺激による「痛み」が生じるようになっていたが、その「痛み」の発生機序はこれまで十分に明らかにはなっていなかった。末梢神経損傷後や脊髄損傷後の回復過程や正常発生の異常によっても起こりうる、この「痛み」の発生機序の詳細を解明するために、「触覚」の異常をきたす複数の遺伝子改変動物に注目し、周囲から触覚情報を得るための神経回路の形成過程に関する基礎的なデータを得ることをまず目指した。そこで本プロジェクトの平成30年度においては、まず光学顕微鏡レベルで感覚神経回路の組織異常を可視化することに取り組み、同時に「触覚」に関する行動学的な異常を定量評価することを目指した。具体的には、「触覚」に関して行動学的な異常が新規に検出された遺伝子改変マウスを用いて、複数の行動学的な「触覚」や痛覚の評価系で検証して異常の見られる神経線維のサブタイプなどを絞り込み、さらにそれに加えて蛍光染色によって光学顕微鏡レベルでどのような「触覚」神経回路の異常が起こっているのか詳細に解析を実施した。将来的には本プロジェクトにて標的因子群の網羅的な解析を実施し、「触覚」の回路形成異常を引き起こす分子メカニズムについてその一端を明らかにすることが大きな目標である。さらに、ここまでに得られた知見を元に、MRIおよび光学顕微鏡、電子顕微鏡の並行観察を行い、マクロのMRIからミクロの電子顕微鏡解析まで同一個体で実施することで、形成異常を起こした「触覚」神経回路を様々な解像度で可視化することを目指している。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度は、具体的には行動学的に「触覚」刺激の受容に異常がみられるマウスを検証し、光学顕微鏡レベルで「触覚」神経回路の異常の可視化を目指した。特に神経発生の際に触覚、関節位置覚、温痛覚などを担当している3種類の感覚神経のうち、どのタイプの感覚神経線維が、脊髄後角のどの層へ神経線維連絡しているのか組織学的に詳細に観察し、さらに感覚神経毎の作用特異性を行動学的に検証することが出来た。これまである遺伝子の欠損マウスでは、目的遺伝子の発現が欠損するだけでなく下流候補因子の少なくとも1つの発現量が著しく低下している。目的遺伝子の欠損マウスを用い、神経発生の際に3種類の感覚神経のうち、どの感覚神経線維が、脊髄後角の表層または深層へ神経線維連絡しているのかを詳細に染色を行った。発生初期段階における感覚神経の脊髄後角への投射領域の詳細な組織学的解析を光学顕微鏡にて行った結果、温痛覚・関節位置覚・触覚などを担う3種類の感覚神経のうち、特に触覚を担う線維が表層の痛み受容野に投射している様子が目的遺伝子の欠損マウス、および目的遺伝子の下流候補因子の欠損マウスでも、組織学的に捉えられた。同じ複数系統の遺伝子欠損マウスを用いて、hotplate testやvon Frey hair testなどの感覚神経の検査を実施し、触覚を担う感覚神経の特的な異常が明らかとなった。さらに異なる複数の周波数にて電気刺激を下肢末端へ行うことにより、3種別々に刺激を与えることのできるNeurometerを用いて下肢末端を刺激する実験を実施し逃避行動を示す閾値の解析を行い、3種類の感覚神経の線維別刺激に対する応答閾値を定量的に解析することによって、一部の特的な線維のみ、異常投射している可能性が示唆された。この通り、極めて順調に計画に記した実験をすべて実施し、非常に有意義な実験データを得ることができた。
当初の計画に従って、標的因子群の解析を実施して分子メカニズムを解明し、最終的にはMRIや電子顕微鏡を駆使してマクロのMRIからミクロの電子顕微鏡解析まで同一個体で実施する。特に平成31年度(令和元年度)に実施予定であった計画(3)~(4)により標的因子群の解析を実施し、「触覚」の回路形成異常を引き起こす分子メカニズムの一端を明らかにする研究を実施する。さらに令和2年度は、それまでの知見を元に計画(5)~(6)にてMRIおよび電子顕微鏡の観察に応用し、マクロのMRIからミクロの電子顕微鏡解析まで同一個体で実施することで、形成異常を起こした「触覚」神経回路を様々な解像度で可視化することができるか検証する予定である。これらの解析によって、回路網形成異常を起こした異常な「触覚」神経回路を様々な解像度で可視化する研究を計画通り遂行する。
研究は計画通りに進捗したが、必要最小限の支出にて予定していた計画通りの実験をすべて完遂することができた。前年度中から開始していた次世代シークエンサーを用いた解析に対する予算を前年度中に確保し、前年度中に支払いが必要とされる可能性はあったが、次年度の研究計画に記載されている通り網羅的な次世代シークエンサーによる標的スクリーニングおよびその結果を用いた二次解析に関わるコストについては次年度にて支払うことが必要となったため。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) 産業財産権 (1件)
Front Neural Circuits
巻: 13:29 ページ: 1-18
10.3389/fncir.2019.00029.
月刊「細胞」特集・シナプス研究の最先端
巻: 2018年12月号 50(14) ページ: 679-682