研究課題
線条体組織にNMDA受容体刺激や高カリウム刺激をした際のリン酸化プロテオミクス解析データを基にパスウェイ解析を行った結果、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の関連経路を含む数種類のシグナル伝達経路が同定された。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の制御タンパク質に着目し、in vitroのリン酸化解析を行なったところ、CaMKⅡがARHGEF2、ARHGAP21及びARHGAP39を直接リン酸化した。これらのリン酸化は質量分析により同定されたリン酸化部位をアラニンに置換した変異体で抑制された。ARHGEF2のT103、ARHGAP21のS885及びARHGAP39のS390のリン酸化を認識する抗リン酸化抗体を用い、線条体組織培養法にてリン酸化の変動を解析した結果、NMDA受容体刺激や高カリウム刺激によりARHGEF2、ARHGAP21及びARHGAP39のリン酸化が亢進した。これらのリン酸化の亢進はCaMKⅡ阻害剤やNMDA受容体阻害剤の前処置により抑制された。さらにCaMKⅡによるARHGEF2のリン酸化によりそのGEF活性が増加した。よって、NMDA受容体を介したCa2+流入によりCaMKⅡがRhoA制御タンパク質をリン酸化することでRhoAシグナル伝達経路を活性化することが示唆された。また、Rho-Kinaseの基質として同定したSHANK3が学習・記憶に関与するかどうかを検討するため、Cre依存的にSHANK3のドミナントネガティブ(DN)変異体を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)をAdora2a-Creマウスの側坐核に注入することにより,ドーパミンD2受容体を発現する中型有棘神経細胞においてSHANK3の機能を抑制するマウスを作製した。受動回避学習試験を行った結果、野生型マウスと比較してSHANK3のDN変異体を発現するマウスでは忌避学習・記憶能力が低下した。
2: おおむね順調に進展している
2019年度は、当初予定していた以下の3つの項目について解析を行った。1. リン酸化プロテオミクス解析によるリン酸化基質の網羅的探索:NMDA受容体刺激や高カリウム刺激によるリン酸化プロテオミクス解析を完了した。得られたデータを基にパスウェイ解析を行い、RhoA経路を含む数種類のシグナル伝達経路を同定した。2. 神経細胞のシナプス可塑性制御の解析:In vitroのリン酸化解析を行い、CaMKⅡがRho活性化因子ARHGEF2及び不活性化因子ARHGAP21やARHGAP39を直接リン酸化することを確認した。ARHGEF2のT103、ARHGAP21のS885及びARHGAP39のS390のリン酸化を認識する抗リン酸化抗体を用い、線条体組織をNMDA受容体刺激や高カリウム刺激することによりARHGEF2、ARHGAP 21及びARHGAP39のリン酸化が亢進することを見出した。これらのリン酸化の亢進はCaMKⅡ阻害剤KN-93やNMDA受容体阻害剤MK-801の前処置により抑制されることも明らかにした。さらに、CaMKⅡによりリン酸化されたARHGEF2がRhoAシグナル伝達経路を活性化することを見出した。3. マウスの情動行動と学習・記憶の解析:Cre依存的にSHANK3のドミナントネガティブ変異体を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)の作製を完了した。作製したAAVを用い側坐核のドーパミンD2受容体を発現する中型有棘神経細胞(D2R-MSN)特異的にSHANK3の機能を抑制したところ、マウスの忌避学習・記憶能力が障害されることを見出した。以上のことより、本年度研究開始時に立てた実施計画と目標はほぼ達成出来たと考える。
2020年度は、以下の2つの項目について解析を行う予定である。1. 神経細胞のシナプス可塑性制御の解析: Rho-Kinaseの基質として同定したSHANK3のリン酸化部位欠損変異体やリン酸化部位擬似変異体を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)を作製する。作製したAAVを用い培養神経細胞やマウス脳内の神経細胞にSHANK3のリン酸化部位変異体を発現させた後、樹状突起スパインの形態、PSD95やDLGAP3などのポストシナプスの足場タンパク質との相互作用、及びAMPA型受容体やNMDA型受容体の膜上への局在を解析する。同時に、電気生理学的解析を行い、シナプス可塑性との関連も明らかにする。2. マウスの情動行動と学習・記憶の解析:Rho-KinaseやSHANK3が嫌悪学習・記憶に関与するかどうかをさらに検証するため、Rho-KinaseやSHANK3のコンディショナルノックアウトマウスを用い、側坐核のD1R-MSNやD2R-MSN特異的にRho-KinaseやSHANK3を欠損させ、受動回避学習試験を行う。また、受動回避学習試験において、嫌悪刺激(電気ショック)後のマウスの側坐核を採取し、CaMKⅡの基質であるARHGEF2、ARHGAP21及びARHGAP39のリン酸化、並びにRho-kinaseの基質であるMYPT1及びSHANK3のリン酸化の変動を解析する。
令和元年度の一部の試薬・消耗品に関して、調達方法の工夫により当初計画より経費節約が出来たため、次年度使用額が生じた。次年度、シナプス可塑性解析及び行動薬理学的解析のサンプル数追加のため、マウスの購入費・飼育費やAAVを作製・精製するための消耗品費に充てる。また、論文投稿のための英文校正費や論文投稿費、成果発表のための学会参加費に充てる。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 2件)
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