研究課題
脳は頭蓋骨の中で脳脊髄液(髄液)と呼ばれる無色透明の液体に浸っている。髄液は、常に循環し入れ替わることで脳のイオン環境を一定に保つ役割を持っている。ところが、脳梗塞は、脳血管が詰まることによって脳血流だけでなく、髄液の流れも滞ることが知られている。脳梗塞の初期には、脳内で細胞周囲のカリウムイオンが急激に増加することによって脳損傷を引き起こす。したがって、できるだけ速やかに細胞周囲のカリウムイオンの濃度を正常化する必要がある。髄液の流れは、脳のノルアドレナリンによってコントロールされていると言われている。脳細胞がノルアドレナリンを受け取れなくする薬(阻害薬)を投与すると、髄液の流れが促進する。また、脳梗塞時には脳のノルアドレナリン濃度も急上昇する。したがって私たちは、阻害薬によって、脳梗塞後に髄液の流れを改善し、カリウムイオン濃度の正常化を促進(クリアランス)できるのではないかと考えた。マウスの大脳皮質の一部に脳梗塞を作成した。24時間後にマウスの脳を摘出し、損傷部位を測定した結果、あらかじめ阻害薬を投与したマウスでは、無処置のマウスに比べて有意に脳損傷領域が小さくなっていた。髄液の流れを可視化した結果、阻害薬を投与したマウスでは、髄液が大脳皮質に浸潤する度合いが改善していた。また、脳内のカリウムイオンの濃度を測定した結果、阻害薬を投与したマウスでは、カリウムイオン濃度の正常化が促進していた。以上の結果から、阻害薬の働きによって、髄液の流れが改善し、脳内のカリウムイオンの正常化が促進したことで、脳梗塞後の脳損傷領域が軽減したと考えられる。阻害薬の効果は、脳梗塞後1-2時間後でも有効であったため、応急処置としての効果が期待される。一方で、その詳細な分子メカニズムは未解明な部分が多いため、今後さらなる研究が必要である。
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