アルツハイマー型認知症などの認知機能障害は、大部分が晩期発症型で家族歴のない孤発例である。その原因として関連が示唆されているのは脂質代謝異常であるが、未だ発症機序に不明な点が多く、その治療も対症療法を中心としている。我々は、ケトン体代謝酵素であるアセトアセチルCoA合成酵素 (AACS) が脂質代謝に関わること、神経細胞の正常な発達に重要な役割を果たすことを明らかにした。また、前年度までの研究により、AACS欠損マウスの脳組織において樹状突起スパインの形状に関わる因子が減少すること、ヒト成人や胎児の脳組織においてマウスには存在しない複数のスプライシングバリアントが存在することを明らかにした。本研究では、AACSの脳組織における役割を検討し、認知機能障害の予防や治療の発展に繋げることを目的とした。 CRISPR/Cas9 systemを用いて作製したAACSノックアウトマウスにおいて変動した遺伝子を、マイクロアレイ法及びreal-time PCR法により網羅的に解析した。その結果、中性アミノ酸トランスポーターであるSlc1a4や、神経の発生に重要な役割を果たす転写因子であるPax2、また、小脳の正常な発達に関与するFoxc1の遺伝子発現が有意に減少した。続いて、血中ケトン体濃度が増加する絶食状態、また、認知機能障害の原因となる脂質代謝異常を惹起する高脂肪食負荷時の脳組織における、AACS欠損の影響を検討した。その結果、飢餓状態ではミトコンドリアにおいて脂肪酸のβ酸化に重要な役割を果たすACC2の発現が有意に減少した。また、高脂肪食負荷時では、コレステロールの代謝中間体により翻訳後修飾を受け、神経の形態形成にかかわるRhoAのタンパク質発現が有意に減少した。以上の結果より、AACSの欠損が脂肪酸代謝やコレステロール生合成に影響し、神経の正常な発達に関与する可能性が示唆された。
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