本研究は、分子標的薬の薬物濃度推移および薬効・副作用発生を表現することができる生理学的メカニズムに基づいた数理モデルを構築し、構築したモデルを用いてコンピュータ上での大規模仮想臨床試験を実施することにより分子標的薬の薬物濃度推移および薬効・副作用発生の個人間変動を推定することを目的としていた。しかしながら、分子標的薬の薬物濃度推移を再現する生理学的薬物速度論(PBPK)モデルの構築において、信頼できるPBPKモデルを構築することは現時点で難しいと判断した。そのため、研究科題名で記載した分子標的薬ではない他の化合物(糖尿病治療薬レパグリニド)を用いることで、研究課題を継続することにした。レパグリニドを選択した理由は、申請者らによって既に信頼できるPBPKモデルを構築済みであること、CYP2C8阻害剤であるゲムフィブロジルやクロピドグレルとの併用により、急激な血糖値低下がみられることである。 レパグリニドは肝取り込みトランスポーターであるOATP1Bsによって肝臓に取り込まれ、主にCYP2C8により代謝されることが知られている。ゲムフィブロジルはグルクロン酸抱合体がCYP2C8を不可逆的に阻害し、かつOATP1Bsも阻害することが知られており、これらの薬物相互作用試験は様々な試験デザイン(ゲムフィブロジルの投与量、投与間隔)によって臨床試験が実施されている。レパグリニドおよびゲムフィブロジルのPBPKモデルを用いた仮臨床試験により、報告されているレパグリニドの血中濃度推移の個人間変動を再現できるかの検証を行った。その結果、臨床試験で報告された血中濃度推移をばらつきを含めて良好に予測することに成功した。また、薬効の程度と関連し得るレパグリニド血中濃度曲線下面積(AUC)について、ゲムフィブロジル併用による上昇率と関連するパラメータを探索した結果、レパグリニドのOATP1Bsによる肝取り込みクリアランスとの間に有意な正の相関が示唆された。
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