研究課題
胎生期大脳内のミクログリアは発生ステージの進行に伴い分布を変化させることが知られており、胎生15~16日目の期間において一時的に皮質板から不在となる。そのしくみや生理学的意義に関して本課題開始時より研究を推進してきたが、本年度はその成果について論文にまとめ発表に至った。ミクログリアが胎生中期に皮質板から一時的に退出する意義について明らかにする為、様々な手法(皮質板へと移動を終えたニューロンのみCXCL12を発現するようなシステムを用いてミクログリアを皮質板に誘引したり、単離したミクログリアを皮質板へ直接移植するなど)によりミクログリアを皮質板へと強制的に滞在させた。その結果、皮質板内に異常に集積したミクログリア周辺に存在するニューロンにおいて、その将来の機能・性質獲得に重要な分子群の発現パターンに乱れが生じていることが確認された。さらに、この現象に関わるミクログリア由来の分子を同定する為、in vitroで誘導した皮質板構成ニューロンを用意し、ミクログリア非存在下および存在下で培養後にニューロンのみを回収し、RNAシークエンスにより両者の遺伝子発現の比較を行なうことにより候補分子を探索した。その結果、ミクログリアと共培養したニューロンにおいて、1型インターフェロン(IFN-I)およびインターロイキン6(IL-6)応答に関わる分子群の発現が高まっていることが明らかとなった。そこで、IFN-IとIL-6がニューロンの運命決定にあずかる重要な分子群の発現変化に直接関わっている可能性を検証するため、細胞レベルおよび生体レベルで解析を行った。これらの分子のはたらきを阻害すると、ミクログリアによるニューロンの性質変化が有意に抑えられたことから、ミクログリアから産生されるIFN-IとIL-6がニューロンの運命決定に関わる分子群の発現変化を促す要因であることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
「胎生中期におけるミクログリアの皮質板からの一時的不在の分子メカニズムとその意義」についての論文を昨年度に投稿し、本年度はその改訂作業を進めた。昨年度までに、ミクログリアを強制的に胎生中期の皮質板に配置させると、その近傍のニューロンにおいてニューロンサブタイプの決定に関わるいくつかの転写因子の発現が乱れることをすでに確認していた。そこで今年度は、これまで着目していた分子以外についても網羅的に発現変動を解析するため、また、ミクログリア由来のどの分子がこのような変化をきたすのか要因因子の候補を探るために、in vitroで調製した皮質板構成ニューロンを用いてRNAシークエンス解析を行った。ミクログリア存在下および非存在下で培養したのちにニューロンのみから回収したtotal RNAの解析から、これまで着目していた分子以外にも多数の重要な遺伝子が発現変動していることを見出した。さらに、ミクログリア共培養群において、IL-6とIFN-Iの応答に関わる分子群の発現が有意に増加していたことから、これら二つを候補として絞った。IL-6およびIFN-Iに対する中和抗体を用いてこれら分子の機能を阻害し、細胞レベルあるいは生体組織レベルで解析したところ、中和抗体投与時にはミクログリア添加に起因するニューロンにおける転写因子の発現変化が有意に抑えられた。この結果から、ミクログリアから産生されるIL-6およびIFN-Iがニューロンの適切な成熟ステップを乱す直接的な因子であることが明らかとなった。本研究成果はNature Communications誌に掲載された。一方、「母体炎症とミクログリアの関わり」に関する本年度の目標として提示していた事項について、一部未到達の項目も残っているが、予備実験等を着実に進めている。以上を鑑みて、おおむね順調に研究が進展していると判断される。
最終年度では、本課題計画書に提示している通り、母体炎症による過剰な免疫活性化による脳発生への影響について、研究を推進する。実験結果の状況に応じて適宜軌道の修正は行なうが、主には計画通りに進めていく予定である。母体炎症マウスモデル(低栄養・肥満、糖尿病、自己免疫疾患、感染症)において、胎仔脳内のミクログリアの分布・形態、神経前駆細胞の分化・未分化状態、血管構成細胞の構造に正常からの逸脱がないかを、組織学的解析および脳スライス培養法によるライブイメージングにより解析する。また、生きたマウスの脳内での細胞の挙動を捉えるための「二光子顕微鏡を用いたin utero胎仔脳内観察システム」のさらなる改良を目指し(現在は2時間程度が限界だが、より長時間の観察が行なえるよう母体と胎仔の管理を徹底するなど)、母体炎症のモニタリングが行えることを到達目標とする。現在までに捉えている正常な脳でのミクログリアの挙動や機能に注目し、母体炎症が与える影響をミクログリア活性化の観点から綿密に調べていく。もし異常が認められた場合は、全遺伝子発現解析等により病態関連分子の同定を進める。得られた結果に立脚して、ある特定の分子に対する遺伝子発現操作等により、母体炎症時の細胞の挙動異常、細胞間ネットワークを破綻させる分子メカニズムを明らかにし、病態発症機序の理解を目指す。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件) 備考 (1件)
Nature Communications
巻: 11 ページ: 1631
10.1038/s41467-020-15409-3
Development, Growth and Differentiation
巻: 62(2) ページ: 118-128
10.1111/dgd.12648
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Nat_Com_200402.pdf