ATPは生体機能維持に関わる全てのエネルギー源で、その多くが脳神経系の活動で消費される。さらに、脳内で生成した変性蛋白質を分解するためには、1 分子につき400分子のATPが必要で、ADの発症には加齢にともなう神経細胞内のATP量の減少が大きく関与していると考えられる。我々のこれまでの研究成果として、放射線障害のような急激に細胞内ATPが不足する病態において、サルベージ経路の活性化を介したATP再合成経路の増強が組織保護に有効であることが明らかとなった。そのため、慢性的なATP不足が病態の根幹にあると考えられるアルツハイマー病(AD)およびダウン症(DS)において、特にATP消費の激しい脳神経系の神経細胞内ATPの増強が、これらの病態を改善するかどうかを検証した。 細胞レベルでは、DSの線維芽細胞の両方の細胞において、Hxを添加するとサルベージ経路の増強を介してATP産生を増加することを確認した。また、GFP融合アミロイドβペプチド発現細胞のタイムラプス解析で、細胞内でAβぺプチドが凝集する様子を観察し、3D解析により凝集体の大きさを定量評価する系を確立した。 動物実験レベルでは、ヒト21番染色体を人工ベクターにてマウスに導入することで、ヒトDSでトリソミー化した新たなDSモデル(MAC1マウス)を用いて予備検討を行った。MAC1マウスにおいて99マウス週齢時点で脳の病理解析を行い、海馬CA1領域における変性ニューロンの増加を確認した。今後は加齢性の進行性変化と投薬による進行度の抑制があるかどうかを確認する。 本研究におけるATP増強を介する病態予防に基づく戦略は、自身の自浄作用と恒常性を高める戦略であるため副作用がなく、全く新しい着眼点に基づくものである。こういった新たな戦略の効果が明らかになれば、今後の高齢化社会で増大するADに対する医療費削減に大いに貢献し得ると考えられる。
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