肺腺癌は肺癌の最も頻度の高い組織型であり,ドライバー遺伝子変異を基盤とした分子標的療法の開発が最も進歩している腫瘍の一つである.肺腺癌には形態学的にさまざまな組織亜型が存在し,稀ではあるが予後不良な組織亜型として高悪性度胎児型肺腺癌(H-FLAC)がある.本研究は発現解析によりH-FLACの分子生物学的特徴を明らかにし,新たな分子標的治療法の開発に発展させていくための研究基盤を確立することを目標とする. 本研究に並行してH-FLACの網羅的ゲノム解析を行っているが,2018~2020年度ではそのゲノム解析の結果を踏まえ,免疫組織化学的検討を行なった.H-FLACの一部の症例においてTP53やCTNNB1の変異を認めたが,その症例に一致してp53のびまん性陽性像やβ-cateninの核への異常集積を認めた.またゲノム解析によりH-FLAC症例において比較的高い頻度でKMT2C変異を認めたため,KMT2Cの免疫染色を行ったところ,通常型腺癌症例の多くがKMT2C高発現だったのに対し,約半数のH-FLAC症例はKMT2C低発現を示した. 本研究では,当初は逆相蛋白質アレイ(RPPA)により発現解析を行う予定であったが,ホルマリン固定後の組織検体による解析が困難だったため,2021年度ではRNA-seqにより発現解析を行った.その結果,通常型腺癌群に比べてH-FLAC群において有意なKMT2Cの発現低下が認められた. CTNNB1変異やβ-cateninの異常集積は低悪性度胎児型肺腺癌(L-FLAC)の特徴とされてきたが,今回の検討では一部のH-FLACにも同様の所見を認めた.またH-FLACではKMT2Cの変異や発現低下が高い頻度で認められ,KMT2Cの機能異常がH-FLACの腫瘍特性に関与している可能性が示唆された.
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