研究実績の概要 |
アミノ酸にはL-アミノ酸とD-アミノ酸があり、ヒトを構成するアミノ酸は大部分がL-アミノ酸である。がん代謝におけるD-アミノ酸、あるいはD-アミノ酸代謝酵素の機能は明らかにされていない。本研究は、D-アミノ酸代謝に関わる酵素の発現の異常が、がんの活動能、代謝動態に及ぼす影響を解析し、新たな治療法および診断法の確立を図ることを目的としている。2018年度は、L-,D-セリンのラセミ化あるいはL-,D-セリンからピルビン酸を産生するSerine racemase (SRR)について、大腸癌、大腸腺腫、大腸腺腫内腺癌を用いて免疫組織化学染色を行い、隣接正常部位と比較して、大腸腺腫、腺癌と腫瘍が進展するに伴って、SRRの発現が上昇することを見いだしている。また、ヒト大腸癌細胞株を用いたin vitroの実験で、SRRの発現と細胞増殖能に正の相関が認められ、さらにSRR高発現ヒト大腸癌細胞株であるHCT116、DLD-1を用いて作製したSRR-knockout(KO)細胞は、in vitro、 in vivo において増殖能の低下を示すことを見いだしている。さらに、これらSRR -KO細胞では、ミトコンドリアの量が低下し、内在性の活性酸素が低下することによりAktのリン酸化が低下し増殖能が低下すること、またアポトーシス抵抗性が低下することを見いだしている。また、SRR-KO細胞ではピルビン酸とアセチルCoAが低下し、さらにヒストンのアセチル化が低下していることを見いだしている。また、SRR阻害作用を有するphenazine methosulfate(PMS) はin vitroでヒト大腸癌細胞株の増殖を抑制し、in vivoにおいても、ヌードマウスへの腹腔内投与によりヒト大腸癌細胞株のxenograftの増殖を抑制すること、さらに5-FUの抗腫瘍効果を増強することを見いだしている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、D-アミノ酸、あるいはD-アミノ酸代謝酵素が、がんの活動能、代謝動態に及ぼす影響を解析し、治療標的となり得る新規の腫瘍特異的な代謝経路を同定、その分子学的メカニズムを明らかにし、新たな治療法および診断法の確立を図ることを目的としている。これまでに、L-,D-セリンのラセミ化あるいはL-,D-セリンからピルビン酸を産生するSerine racemase (SRR)が大腸の腫瘍において、腺腫、腺癌と腫瘍が進行するに従って発現が上昇することを明らかにしている。また、SRRが腫瘍増殖に寄与する具体的なメカニズムとして、CRISPR/CAS9システムを用いたin vitroでの機能解析により、SRRがピルビン酸の産生、あるいはミトコンドリアの量の維持とそれによる内在性の活性酸素の量の維持により細胞増殖を促進することを明らかにすることが出来た。また、SRR阻害作用を有するphenazine methosulfate(PMS)が、in vitro, in vivoにおいて大腸癌細胞の増殖を抑制することを明らかにしている。さらに、PMSは既存の抗癌剤である5-FUの大腸癌細胞増殖抑制効果をin vitro, in vivoにおいて増強することを明らかにすることが出来た。以上の経過から、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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