近年、CRISPR/Cas9の活用によりトリパノソーマ原虫においても遺伝子ノックアウトが簡便に行えるようになった。しかし、宿主細胞内に寄生する感染ステージの原虫では、宿主細胞の存在が障壁となって内部の原虫に直接gRNAを導入できないという問題がある。そのため、創薬標的の探索において、ヒト感染ステージにおける標的遺伝子の必須性を確認できないという課題があった。 その解決策として、原虫を宿主に寄生させた後にCas9の発現を誘導できるノックアウトシステムを確立することを試みた。Cas9酵素とgRNAの発現をテトラサイクリンの添加により誘導できるプラズミドを作製し、任意のタイミングでノックアウトが発動する原虫株を構築した。GFPを標的としたコントロール実験において、このCas9-gRNA同時発現により蛍光が消失することが確認できた。また、実際の原虫遺伝子を標的とした実験では、テトラサイクリン添加後に原虫の増殖能に影響が出ることがいくつかの標的遺伝子で観察できた。増殖効率の低下した原虫は、細胞肥大や鞭毛数異常など遺伝子ノックアウトの影響がみられ、任意のタイミングでCRISPR/Cas9が発動したことが示唆された。 また、当初予定していた手法とは異なるが、宿主細胞内でしか増殖できないと思われてきたヒト感染ステージの原虫を、一定期間であれば宿主細胞外で純粋培養することが可能な条件を発見した。これにより、感染ステージの原虫に直接gRNAを導入してノックアウトを行う手法を確立することができた。この代替アプローチにより、ステージ特異的なノックアウトという目標を達成することができ、創薬標的の候補となる遺伝子がどの感染ステージで必須であるかを確認することが可能となった。
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