近年の研究からピロリ菌cagA遺伝子陽性株感染と胃がんとの密接な関連が明らかとなり、胃がん発症機序への理解や胃がん治療への応用にCagAの発がん活性発現における分子機構の解明が重要な意義を持つものと期待されている。これまでに、CagAを介する胃がんの発症においてCagA-SHP2複合体形成によるSHP2チロシンホスファターゼの機能的脱制御が重要な役割を果たすことが示されている。本研究ではX線結晶構造解析によりCagA-SHP2複合体の立体構造を解析することで、CagAによるSHP2活性化の分子基盤を解明することを目的としている。 これまでに、CagAのSHP2結合部位を模倣したペプチド(EPIYA-Dペプチド)-SHP2複合体、CagAのSHP2およびPAR1結合部位を模倣したペプチド(EPIYA-D-CMペプチド)-SHP2-PAR1複合体の結晶化条件の探索を行ってきた。結晶化ロボットを用いた網羅的な結晶化スクリーニング、嫌気条件下での結晶化、示差走査蛍光定量法(DSF)およびゲルろ過クロマトグラフィーを用いた複合体安定性解析など様々な手法を用いたが、結晶が得られる条件がみつかっていない。最終年度はこれまでの結晶化スクリーニングの結果から、まずは引き続き複合体の安定性が高くなる条件を探索した。複合体形成時のバッファー条件や、SHP2およびPAR1をCagAとの結合部位のみに欠損させた変異体を用いるなど、多くの条件を検討したが安定性の大きな向上は見られなかった。CagAは胃上皮細胞内で細胞膜に局在することがわかっており、CagA-SHP2-PA1複合体は膜上でより安定化する可能性がある。そこで、脂質二重膜をアポリポタンパク質で安定化したナノディスクを含めた複合体を用いて安定性解析を実施した。今後はクライオ電子顕微鏡での立体構造解析に適したサンプルの取得を目指す。
|