本研究課題は、幼若期の学習行動の1つである、鳥類の刷込み行動の臨界期の制御機構における、ナトリウム利尿ペプチドファミリー(NPs)及びその受容体の役割を解明し、幼若期における高い神経可塑性の分子メカニズムの理解を深めることを目的としている。当該年度においては、NPsに類似する配列を持ち、NPs受容体の一部に受容されることが分かっている、ペプチドA(名称非公表)について、刷込み成立や記憶の固定における役割を調べた。また、ニワトリ胚スライス培養を用い、ペプチドAの脳神経細胞の形態変化における働きについて調べた。ペプチドAはニワトリ雛の脳においては、刷込みの成立に重要である、終脳のvisual Wulst(VW)と呼ばれる領域に発現しており、同領域にその受容体を発現している細胞も存在していた。また、ペプチドAは、刷込みの臨界期中である孵化後1日目よりも臨界期終了以降である7日目における発現量が高く、さらに刷込み学習を行った個体では、ペプチドAの発現量が学習の数時間後から上昇することが分かっている。刷込み学習前にVW領域にペプチドAを注入した場合、刷込み成立の効率が低下すること、刷込み学習後にペプチドAを注入した場合は、刷込み記憶の保持を長期化させることが分かった。さらに、胚時期のヒヨコ脳のスライス培養系を用いて、ペプチドAの付加に対する神経細胞の形態変化への影響を調べたところ、ペプチドAは樹状突起の伸長を抑制する働きがあることが分かった。また、ペプチドAの受容体の発現をRNAiを用いて抑制した場合、ペプチドAによる樹状突起伸長の抑制が起こらないことが分かった。このことから、孵化後に発現量が上昇するペプチドAは、刷込みの成立に重要な神経細胞の樹状突起の伸長を抑制することで、神経の可塑性を低下させ、刷込み記憶の固定に関わると共に臨界期を終了へと導いていると考えられた。
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