研究課題/領域番号 |
18K15367
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
辻岡 洋 大阪大学, 医学系研究科, 助教 (20803505)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 神経回路修復 / 免疫 / 脊髄 |
研究実績の概要 |
新生児と成体で延髄錐体切断後の頸髄での初期の反応の違いを調べるため、切断後3日目に頸髄からRNAを抽出し、RNA-seqを行った。各群3サンプルを用いて、新生児対照群、新生児延髄錐体切断群、成体対照群、成体延髄錐体切断群の4群の遺伝子発現プロファイルを比較した。クラスター解析を行うと、同一群のサンプルは同じクラスターに分類されたことから、サンプル調整に大きな問題はないことが示唆された。 新生児と成体での通常状態での遺伝子発現の違いを知るため、新生児対照群と成体対照群で比較したところ、新生児で有意に濃縮されているパスウェイには軸索伸長や細胞分裂などに関わるものがみられたのに対し、成体で有意に濃縮されているパスウェイには免疫系などに関わるものがみられた。 次に、新生児、成体でそれぞれの対照群と延髄錐体切断群での遺伝子発現を比較したところ、切断後に発現低下する遺伝子は全て2倍未満の発現変動しか示さなかったのに対し、発現上昇する遺伝子の中には2倍以上の変化を示すものも見られた。どのようなパスウェイが延髄錐体切断後に上昇しているか調べたところ、新生児、成体ともに炎症関連のパスウェイ等が上昇していることが分かった。 さらに、新生児と成体での切断後の反応の違いを知るため、3群比較を行った。新生児切断群で新生児対照群及び成体切断群と比べて有意に発現上昇もしくは低下している遺伝子、あるいは成体切断群で成体対照群及び新生児切断群と比べて有意に発現低下している遺伝子の中には2倍以上の発現変動を示すものはなかった。一方、成体切断群で成体対照群及び新生児切断群と比べて有意に発現上昇している遺伝子の中には、2倍以上の発現変動を示す遺伝子が2つ(Ccl6とCd52)存在した。これらは免疫反応に関わる遺伝子であることから、成体では新生児には見られない特異的な免疫反応が延髄錐体切断後に生じていることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今までの研究で、成体では新生児には見られない特異的な炎症反応が延髄錐体切断後に生じていることが分かってきた。これは成体と新生児の神経回路修復能の違いを規定する要因として従来着目されていなかったものである。今後の研究でCcl6やCd52と神経回路修復の関係を調べることにより、神経回路修復に悪影響を及ぼす免疫反応が明らかになる可能性がある。ここまでの研究結果は第41回分子生物学会年会で発表し、BMC Genomics誌に投稿・リバイス中であり、進捗状況は極めて順調である。 さらに、今までのトランスクリプトーム解析で、上記以外にも興味深い遺伝子が見つかってきた。Etnpplは新生児期には切断群、対照群ともにほとんど発現していないが、成体対照群ではその300倍程度発現がみられる。さらに、成体切断群では対照群と比べて有意に発現量が2/3倍程度に低下する。このことは、Etnpplの発現が軸索の伸長と逆相関することを示唆している。Etnpplの発現をin situ hybridizationで調べたところ、脊髄の灰白質に局在していた。先行研究ではEtnpplはアストロサイトに発現することが示唆されている。以上から、Etnpplが灰白質のアストロサイトに発現し、ニューロンの可塑性に阻害的に働く可能性がある。Etnpplはこれまでにトランスクリプトーム解析によって、統合失調症患者や双極性障害患者で発現上昇することが知られているが、詳細な解析はほとんどなされていない。Etnpplの解析は、神経回路修復にとどまらず、他の精神疾患の解明の糸口となる重要な発見につながる可能性がある。 以上より、新生児と成体での延髄錐体切断後の異なる反応を発見し論文投稿まで研究を進められたことに加え、予想外の因子が神経回路修復に関与する可能性を見いだせたことから、今までの研究進捗状況は予想外に順調である。
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今後の研究の推進方策 |
まずはリバイス実験として、成体特異的な延髄錐体切断後の反応を組織学的にも確認するため、ミクログリアマーカーであるIba1に対する抗体を用いて免疫組織化学を行う。Ccl6とCd52の局在をin situ hybridizationや免疫組織化学で調べる。これらの結果をまとめ、論文の修正稿を投稿する。 次に、最も発現量の変化が顕著であったEtnpplが最も強い影響を及ぼす可能性があると考え、Etnpplの解析を最優先に行う。Etnpplが先行研究で示唆された通りアストロサイトで発現しているかどうかをin situ hybridizationとアストロサイトマーカーに対する免疫組織化学の二重染色で確認する。もしアストロサイトで発現しているようなら、アストロサイトとニューロンの初代培養の共培養系を用い、アストロサイトでEtnpplをノックダウンしたときに、ニューロンの軸索伸長に影響がみられるか調べる。Etnpplは脂質系の代謝酵素であるため、関連する分子を添加・除去した場合にどのような影響がみられるか調べる。また、AAVベクターを用いて成体脊髄でEtnpplをノックアウトし、神経回路修復が促進されるかどうかをLadder walk testやSingle pellet retrieval test等の行動実験で調べる。同時に、大脳皮質に軸索トレーサーを注入し、健常側から除神経側への皮質脊髄路の神経回路修復が生じているか調べる。さらに、Etnpplが生物種間での再生能の差を規定する要因である可能性を検証するため、軸索再生能の高い生物である小型魚類のゼブラフィッシュやメダカの脊髄再生モデルを用いてEtnpplの発現を調べる予定である。
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