申請者らは2008年よりインド・ラダック地方ドムカル村(標高 3000~3800m)では縦断研究を行っている。ラダックの高地住民には、うつ病が少なく、主観的QOLが高いことを明らかにした。敬虔なチベット仏教徒であるという精神的支えとあいまって、家族やコミュニティーにおける社会的つながりの高さが保たれているために、自立度が低下したり、災害で家屋を失ったりした高齢者に対しても、QOLが高く保たれる社会のしくみが機能していることが結果の背景にあると考えられた。しかし住民の主観的幸福度、ソーシャルサポートや信仰心が非常に強いため、うつ状態との関連を統計学的には示せなかった。 研究最終年度である2021年も現地調査を行う予定であったが、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、2020年に引き続き中止せざるを得なかった。そのため、これまでの研究成果をまとめ総合的に考察した。第62回日本心身医学会総会ならびに学術講演会でラダックの住民は外向性が高いほど、神経症傾向が高いほどうつになりにくい傾向がみられ、うつの関連因子として、年齢、婚姻状態、居住形態、ADL、主観的幸福度、外向性が抽出されたことを発表した。多変量解析によってうつ病が少ないことを個人の性格特性から説明することを試みたが、ラダック高地在住高齢者でうつ病が少ないことには、個人の性格特性が寄与する割合は大きくないと考えられた。 多くの先行研究で、ソーシャルキャピタルと良好な主観的健康観、精神的健康との間に有意な関連があることが明らかにされている。本研究でも、うつ状態は地域への愛着、手段的サポートの受容、地区組織への参加、地域のイベントへの参加、地域の美化活動への参加と相関がみられた。ラダック高地在住高齢者でうつ病が少ないことには、個人の性格特性が与える影響以上に、良好なソーシャルキャピタルが影響していると考えられる。
|