研究課題
多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)は中枢神経内に多発性の炎症性病変を生じる疾患で、臨床的には永年にわたって再発と寛解を繰り返すが、徐々に神経変性が進行して車椅子生活を余儀なくされる例も稀ではない。一方で長期間疾患修飾薬が奏功する良性MS例があり、例えばinterferonβ(IFNβ)治療で効果が得られた例はレスポンダーとして10年を超えて安定した経過をとる。進行性MSと良性MSの違いを解明することが肝心だが、経時的な組織変化を観察することは難しく、変化する免疫病態の核心に迫るためには何らかの鋳型モデルが必要である。MS免疫病態の核として、T細胞上に発現する抑制性受容体の機能不全が知られ、慢性的な持続炎症の原因となっている可能性がある。本研究を進めるにあたって、申請者は腫瘍微小環境でProgrammed Death 1(PD-1)をはじめとした複数の共抑制性受容体を発現し機能不全に陥っている疲弊T細胞に発現する遺伝子群に注目し、免疫寛容など他のT細胞機能不全とも共通する共抑制性遺伝子プログラム(co-iGP)を同定し報告した。このことから本来、組織からの抑制性シグナルを受けたT細胞は疲弊T細胞様の細胞となるはずだが、MSにおいてはその分化過程が何らかの形で不完全なものとなるため慢性的な炎症が持続し神経障害を引きおこす可能性があるのではないかと考えた。実際MS患者のステロイド治療反応性が良好な群では髄液CD8陽性T細胞のPD-1陽性の割合が多く、逆に治療後も神経障害の後遺症状を残した群ではPD-1陽性の割合が低下することを発見した。
2: おおむね順調に進展している
本年度はまずT細胞機能不全の核となる遺伝子群を報告した。抑制性サイトカインであるインターロイキン27に誘導される遺伝子の中から腫瘍内の疲弊T細胞や免疫寛容状態のT細胞に共通して発現する、共抑制性遺伝子プログラム(co-iGP)を報告した。co-iGPには複数の未知の抑制性受容体候補を含み、そのうちPodoplaninとProtein C ReceptorについてそのT細胞機能抑制を確認した。さらにco-iGPの制御は2つの転写因子であるPrdm1とc-Mafが担っており、実際この2つの遺伝子をT細胞特異的にノックアウトしたマウスでは腫瘍へ浸潤したT細胞上のco-iGPの消失と抗腫瘍免疫の賦活化が認められた(Chihara N. et al Nature, 2018)。次に本研究課題であるMS患者において代表的な抑制性受容体であるPD-1発現T細胞を解析したところ、末梢血と比して髄液CD8陽性T細胞のPD-1発現が増加し、その発現が比較的低いものは急性期治療に抵抗性で神経障害を残した。
引き続きMS患者検体を用いたT細胞のフェノタイプ解析を行い、症例数を蓄積する。また、MS患者においてPD-1発現CD8陽性T細胞が治療反応性と相関していたことから、その細胞群について網羅的遺伝子発現解析を行い、申請者が同定したco-iGPとの比較を通してその細胞群を制御している鍵となる遺伝子を同定することを目標とする。また実際にin vitro培養系によって患者由来のPD-1発現CD8陽性T細胞が抑制性機能を持つかどうか、健常人と比較してPD-1発現もしくはその機能が低下しているかどうかを検討する。
本課題は2年間にわたる継続課題であり、消耗品等をまとめ買いするなど効率よく入手するために少額を次年度に残した。このことによる本研究の計画に変更は生じない。
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Nature
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http://first.lifesciencedb.jp/archives/18371