TGF-βは正常組織や早期癌では細胞増殖を抑制するが、進行癌や転移性癌では腫瘍促進に働く傾向があることが知られている。しかし、その作用転換機序に関していまだ詳細は不明である。本研究は、Ⅱ型受容体(TGF-β-RⅡ)が機能欠損した大腸癌におけるTGF-βの役割について検討し、TGF-βの作用転換機序を明らかにすることを目的とした。 TGF-β-RⅡ機能欠損大腸癌細胞株においてsiRNAを用いてTGF-β発現を抑制すると、複数の細胞株においてp53・p21発現の有意な上昇を認め、細胞増殖の有意な抑制とアポトーシスを認めた。一方、TGF-β-RⅡ機能正常大腸癌細胞株でTGF-β発現を抑制すると、コントロールではp53に発現変化を誘導しなかったが、TGF-β-RⅡ発現抑制細胞株では、p53の有意な発現上昇を認めた。また、TGF-β-RⅡ機能欠損大腸癌においては、TGF-β発現抑制に伴いⅠ型受容体(TGF-β-RⅠ)の発現上昇を認めた。そこで、TGF-β-RⅠ選択的阻害剤を添加すると、TGF-β発現抑制によるp53とp21の上昇は減弱し、アポトーシスが抑制された。さらにTGF-β-RⅠを抑制すると、TGF-β発現抑制によるp53上昇は減弱し、細胞数増加とアポトーシスの抑制を認めた。 以上のことからTGF-βⅡ型受容体機能欠損大腸癌においてはTGF-βがⅠ型受容体を介してp53を抑制し腫瘍促進に働いている可能性が示唆された。本研究の結果は受容体の変異や不活性化が、本来は細胞増殖を抑制するはずのTGF-βが癌細胞を増殖させる方向に転じるひとつの契機になっていることを支持した。今後TGF-βⅡ型受容体の機能が欠損した大腸癌において、Ⅰ型受容体を介したp53への経路の詳細解明が望まれるとともに、それを標的とした個別化治療への発展が期待される。
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