心臓の活動は電気刺激で支配されており、洞結節と呼ばれるペースメーカ細胞から発生した電気刺激が刺激伝導系と呼ばれる特殊な細胞集団を経由して心臓全体に伝播し、その電気刺激に応じて心臓のポンプ活動が行われている。 ペースメーカ細胞の異常などにより心拍数が遅くなる徐脈性不整脈に対する治療法は、現代医学では機械式のペースメーカを植え込む手術しかなく、そのバッテリー交換のためさらに繰り返しの手術が必要となる。また機械的ペースメーカによる人工的な電気刺激は、刺激伝導系を介さず不自然な心臓拍動となるためにペーシング誘発性心筋症を生じる。 これら問題点を解決し、永続的な作動/非侵襲的治療/自然な心臓拍動を実現するため、我々はゲノム編集技術CRISPR/Cas9を応用し、静脈注射で本来ペースメーカ細胞でない刺激伝導系細胞をペースメーカ細胞化させることを目指している。 前年度までに、静脈注射による刺激伝導系特異的な遺伝子発現誘導法を確立し、当該年度においてはその手技を応用しペースメーカ遺伝子の刺激伝導系特異的な発現誘導を試みた。ペースメーカ遺伝子として報告されているTbx18遺伝子もしくは、Hcn4遺伝子をアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに搭載し、CRISPR/Cas9遺伝子を搭載したAAVベクターと共にマウスに静脈注射を行った。CRISPR/Cas9遺伝子は刺激伝導系特異的に発現するCtnt2遺伝子を標的としており、PCRにて同遺伝子座にペースメーカ遺伝子が挿入されたことを確認した。また免疫組織染色で導入した遺伝子が刺激伝導系細胞で発現していることも確認された。しかし、摘出心を用いた電気生理学的解析では刺激伝導系細胞からのペースメーカ活動が確認されず、可能性として①ペースメーカ遺伝子の遺伝子発現レベルが低い、②ペースメーカ細胞化した細胞数が少ないなどが考えられ、更なる技術改良が必要と考えられた。
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