研究課題
多発性骨髄腫(MM)におけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の治療標的としての有用性は、汎HDAC阻害薬の臨床応用の観点から明らかであるが、それぞれのHDACアイソフォームのMM細胞での治療標的としての意義やその役割については不明な点が多い。今年度の研究では、HDAC1が治療標的として有用であることを、MM細胞株にclass-I HDAC阻害薬の処理やshRNAを用いてHDAC1遺伝子発現抑制を行うことで、MM細胞の生存増殖が抑制され、アポトーシスが誘導されることをCCK-8アッセイやウエスタンブロット(WB)法を用いて確認した。HDAC1発現抑制させたMM細胞株RPMI 8226を用いて、RNAシーケンス解析を行い、HDAC1発現抑制により変化する遺伝子群を解析した。そこで、MM細胞の各種遺伝子発現に重要なマスター因子IRF4やこれまでに我々が着目してきたMM関連骨病変の重要な制御因子PIM2の発現が有意に低下していることを見出した。これまでの報告からもIRF4はPIM2の重要な転写因子であると予想され、ChIPシーケンスを用いて、MM細胞におけるPIM2プロモーターでのIRF4結合領域を同定し、ChIP-Q-PCR法で同部位へのIRF4 の結合確認を行った。PIM2はMM細胞に内在的に高発現しているだけでなく、骨髄微小環境からの種々の外的要因により、その発現が一層高まることが知られている。そのようなPIM2制御機構に着目し、新規治療法の樹立のため、HDAC阻害薬とPIM阻害薬の併用療法の検討を行った。class-I HDAC阻害薬MS-275とPIM阻害薬SMI-16aやSMI-4a、AZD1208、PIM447、CX6258のそれぞれの併用によるMM細胞株での生存増殖抑制効果をCCK-8アッセイで評価し、いずれの併用療法でも相乗効果が認められた。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、エピゲノム観点からのMM細胞における腫瘍メタボリズムへの変調とその維持機構の解明を主眼に置きながら、新規治療戦略の創出を目的としている。PIM2は糖やアミノ酸の輸送、脂質産生やミトコンドリア形成、エネルギー産生などの代謝を調節するマスターキナーゼである。MM細胞においてIRF4やIRF4と補完的な発現をするc-Myc、さらにPIM2が、HDAC1を介して恒常的発現を維持している結果が今年度で得られており、このような結果はHDAC1を介するMMメタボリズム制御機構の一端を明らかにしたと考えられる。さらに、PIM2を中心とする腫瘍メタボリズムを標的としたclass-I HDAC阻害薬とPIM阻害薬の併用療法がin vitroの実験系で有用であることを実証しており、in vivoでの有用性を立証する準備に取りかかっている。以上のように、本研究は当初の計画通り、エピゲノムの観点から腫瘍メタボリズムに着目した治療開発を進めており、研究の達成度はおおむね順調に進んでいると思われる。
初年度の研究で明らかとなったHDAC1を介するIRF4やPIM2の発現制御/維持機構についての解明を進める。HDACはヒストンのみならず、非ヒストン蛋白も標的とすることから、HDAC1とそれぞれの蛋白との結合や、HDAC1標的蛋白のアセチル化によるタンパクの安定性について免疫沈降WB法などで検討を行う。またChIPシーケンスを行うことで、MM細胞におけるHDAC1のヒストンアセチル化への影響やプロモーター領域への非間接的な結合割合を解析することで、HDAC1の翻訳後修飾としての役割を明確化する。IRF4やc-Myc、PIM2は相互に発現制御を行っていると考えられる。初年度ではIRF4-PIM2制御機構を解明したので、次年度ではChIPシーケンス、ChIP-Q-PCR法を用いてc-Myc-PIM2制御機構の解明を行う。また、PIM2に焦点を当てながら、MMメタボリズムに関する因子を選出するために、プロテオーム解析、特にリン酸化プロテオーム解析を行い、PIM2の直接の標的因子を同定する。この解析から、PIM2からのIRF4やc-Myc発現への影響についても検討を行い、IRF4、c-Myc、PIM2によるMM細胞の腫瘍メタボリズム変調の全貌を明らかにする。Class-I HDAC阻害薬MS-275のMM動物モデルでの検討はこれまでに報告が少なく、SCIDマウスにヒト/マウスMM細胞株をそれぞれ皮下/脛骨内移植して作成する動物モデルを用いて、MS-275の単独療法での有効性と毒性を検討する。次いで、MS-275とPIM阻害薬で特に有効性の高い化合物との組み合わせについては、同様の動物モデルでそれぞれの単独療法とも比較しながら、その相乗効果と毒性を検討する。
次年度使用額が生じた理由として、研究者所属分野の他の財源から旅費を支出したこと、直接経費の内訳のその他の費用として使用予定であった受託研究解析研究の支出を抑えたことが主であると考える。次年度では当初の予定通り旅費を当財源から支出し、ChIPシーケンスやプロテオーム解析といった網羅的解析を受託研究として依頼する。また、予定通り、各種試薬等の消耗品は物品費として使用し、当研究費を十分に活用させていただく。
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