研究課題/領域番号 |
18K16182
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研究機関 | 大分大学 |
研究代表者 |
松本 昂 大分大学, 医学部, 助教 (50609667)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 胃マイクロバイオーム / ヘリコバクター・ピロリ / 16S rRNAメタゲノム解析 / 次世代シーケンス / 胃癌 / 国際共同研究 |
研究実績の概要 |
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は、人類の約半数の胃に感染する病原性細菌であり。慢性胃炎をはじめ、胃癌、胃十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫等の疾患発症に関わることが明らかにされている。しかし、実際は、ピロリ菌感染者の数%しか胃癌を発症せず、また、生涯を通じて殆ど症状が現れない不顕性感染例が存在する。さらに、これら疾患の発症率には、地域差があるなど、発症機序には不明な点が多く残る。これら機序の解明に向け、これまで、発癌や胃炎惹起に関わるピロリ菌側の病原因子に焦点を当てた研究が広く行われており、一定の知見が蓄積されている。しかし、一方で、胃独自に生息する細菌叢(胃マイクロバイオーム)がどのような役割を担っているかについては不明である。 そこで、我々は、ピロリ菌関連疾患の発症パターンが地域によって異なることに着目し、世界各地から胃粘膜上皮生体を収集し、胃マイクロバイオーム解析を実施し、胃常在菌の構成、ピロリ菌の定着性、胃癌やその他胃十二指腸疾患発症などにおける胃細菌叢の意義について研究に取り組む。胃粘膜上皮生検から核酸を分離後、次世代シーケンサーMiSeqによる16S rRNAメタゲノム解析を実施し、類似する16S rRNA遺伝子配列同士をクラスタリングしたOperational Taxonomic Unit(OTU)を同定し、胃独自の細菌叢の構成を明らかにする。加えて、Rapid urease test、細菌培養、病理学診断等の臨床データと細菌叢の構成とを比較し、胃マイクロバイオームとの関連性を明らかにする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一般的に細菌量が少ないとされる胃粘膜上皮から、16S rRNAメタゲノム解析に適した高純度かつ高濃度のDNAを抽出できる方法を確立した。2019年度までに、タイ、ブータン、カンボジア、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール及びベトナムにおいて上部消化管内視鏡検査により収集・保管された胃粘膜上皮生検を用いて、胃マイクロバイオーム解析を実施した。OTU解析、Rapid urease test、細菌培養、病理学診断及び抗ピロリ菌血清抗体値を実施し、ピロリ菌感染の有無を評価できた。加えて、本年度は、胃幽門部および体部病理組織から、シドニー分類(好中球浸潤、単球浸潤、腸上皮化生、萎縮、ピロリ菌有無)を実施し、病理スコアとして算出した。その結果、ピロリ菌陰性患者では、好中球浸潤をみとめる胃炎例が約50%、萎縮例が約7%であった。一方、ピロリ菌陽性患者では、その約80%症例に萎縮が確認でき、ピロリ菌の感染が胃上皮の萎縮とよく相関する結果が得られた。また、ピロリ菌非感染患者では、地域ごとに特徴的な細菌叢を構成していることが伺えた。今後、ピロリ菌非感染患者における胃炎発症に関わる細菌叢についても研究を進めたい。 さらに、本年度は、胃マイクロバイオームと疾患発症との関連性についても研究を実施し、モンゴルでは、胃癌48症例、非胃癌症例120症例による解析を行った。モンゴルは、胃癌発症率が世界で最も高い地域であるが、予想に反して、胃癌患者の胃細菌叢中のピロリ菌OTU量の割合が低い結果であった。また、非常に興味深いことに、胃癌のうち8症例で、他の胃細菌叢とは明らかに異なる特定の細菌の増加が確認され、これら細菌が胃癌発症に何らかの影響を与えている可能性が考えられた。さらに、PICRUSt等により機能予測解析を実施し、国際的な学術雑誌および学会発表において研究成果を発表した。
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今後の研究の推進方策 |
当初予定していたアジア各国における胃上皮細胞の16s RNAメタゲノム解析を完了した。今後、さらにピロリ菌感染症における胃マイクロバイオーム研究を他の地域へ展開していく。現在、新たにマレーシアにおいて検体収集を開始できており、ケニア共和国やコンゴ民主共和国といったアフリカ諸国においても研究始動に向け準備を進めている。それによりピロリ菌関連疾患の発症機序の解明や人種間による差異について検討を進めたい。また、これまでの胃マイクロバイオーム解析結果から、従来の臨床検査にてピロリ感染陰性であった症例でもピロリ菌由来遺伝子が検出されており、胃内には、これまで顕在化していなかったごく少数のピロリ菌が常在している可能性が示唆された。しかし、OTU解析は相対評価であるため、これらを定量化した評価が必要である。一方で、ピロリ菌陰性患者では、その約50%で胃粘膜上皮に活動的な好中球浸潤が確認された。また、モンゴルのピロリ菌陰性胃癌患者から、胃癌発症との関連が疑われる細菌を同定できたことから、ピロリ菌以外の病原体と胃・十二指疾患発症に関する研究も進める。まずは、これら分離培養を試み、in vitroにおける評価に移る。また、16S rRNA解析によって得られたRaw dataを用いて、機能解析等の応用的な解析が実施できるように、解析パイプラインの試行およびPC等ハード面での環境整備が必要である。
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次年度使用額が生じた理由 |
これまでに、当初の計画より安価なプロテアーゼ処理を応用したDNA抽出方法が確立できていることに加え、発展的な研究成果として、新たにマレーシアやアフリカ諸国における研究を開始している。R2年度は、これら検体の次世代シーケンスによる解析を実施する予定である予算の繰り越しが必要であった。さらに、次世代シーケンサーMiSeqの修理に伴って次世代シーケンス解析が実施できない期間があったこと(現在は、学内経費により修理が完了し、正常に稼働)、また、COVID-19に伴う海外での研究発表の自粛により、大きな繰り越しが生じた。
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