研究課題/領域番号 |
18K16480
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
東南 杏香 神戸大学, 医学部附属病院, 非常勤医師 (70803857)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 2型糖尿病 / 手術侵襲 / 術後の活動性変化 |
研究実績の概要 |
本研究では、罹患数が著増している糖尿病患者における術後認知機能障害の発生機序を明らかにし、予防対策を見出すことを目的とする。2018年度の研究では高脂肪食摂食による2型糖尿病モデルマウス(2DM)を用いて、手術侵襲前後の行動評価を施行し、前頭葉・海馬における分子レベルでの解析を行う予定とした。 6週齢のマウスに8週間の高脂肪食摂食させ耐糖能障害を生じさせ、2型糖尿病モデルとして用いた。14週齢においてセボフルランによる全身麻酔下、開腹腸間manupulation手術を施行し、その前後24時間で一連の行動評価を施行した(オープンフィールド試験、新奇物体認識試験、明暗箱試験)。行動実験終了後、前頭葉・海馬における終末糖化産物(RAGE)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ミクログリアの活性化(Iba1)のmRNAの発現量をreal time PCRを用いて調べた。 結果、術前には2DM群はコントロール群と比較して過活動性を認め、術後にはコントロール群との間に有意差は認めなかったが、2DM群では術前に比較して有意に活動性や探索行動が低下した。しかし、2018年度に施行した行動評価の結果では、当初期待していた手術侵襲に伴う認知機能障害については有意義な結果が得られなかった。術後のmRNAの発現量として、RAGEに関しては前頭葉・海馬でコントロールに比較して、2DM群が有意に高かった。BDNFとIba1に関して前頭葉では両群とも術後に有意に低下したが、両群間では有意差は認めなかった。 2018年度の研究から、2DMモデルマウスに対する手術侵襲が術後24時間の時点での行動変化を起こし、脳での各種mRNAの発現量が変化を認めたことは、手術侵襲が2DMマウスに与える精神活動への影響を考える上で有意義であり、今後、更に研究を進める上で重要と考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度には高脂肪食摂食による2型糖尿病(2DM)モデルマウスを確立させた上で、そのモデルに対して手術侵襲前後24時間で行動評価を施行することができた。行動実験結果から2DMマウスでは術前に過活動性を認め、手術侵襲を加えると活動性が低下するという結果が得られた。また、この活動性の低下に対して、別の個体でうつ様症状評価(強制水泳試験、Tail suspention試験)を追加したが、うつ様症状は認めなかった。当初予期していた手術侵襲に伴う術後認知機能障害に関してはコントロール群と2DM群で有意義な結果が得られなかったが、今回の行動評価の結果は既存の研究報告にはない新しい見解であり、2型糖尿病と術後せん妄との関連が示唆される可能性もあると考察した。また、行動変化の様子から大脳、海馬でのモノアミンの関与も鑑みて、神経伝達物質であるモノアミン系(セロトニン、アドレナリン、ドパミン)の受容体のmRNAの発現量について追加でPCRによる実験を進めている段階である。更に、当初予定していなかったモノアミン自体の測定も施行を行った結果、2DMマウスにおいて、海馬でのノルアドレナリン量が術前と比較して低下しているという知見が得られた。 2018年度研究計画では、2型糖尿病モデルとストレプトトゾシン投与による1型糖尿病モデルに対して、手術侵襲前後での行動評価及び脳での分子生物学的解析を予定としていた。ストレプトトゾシン投与による1型糖尿病モデルマウスは安定したモデルの作製が難しかったことから、高脂肪食摂食による2DMマウスを用いて実験を進めてきた。この点で、当初予定していた実験計画には不足している状況であるが、2DMマウスについては追加の行動評価も含め、脳での分子生物学的解析も進んでおり、概ね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題として、2018年度の行動評価の結果を踏まえ、2型糖尿病モデルマウス(2DM)における術後認知機能障害と同時に術後せん妄についても、その病態機序と対策について研究を進めていく。臨床研究では糖尿病が術後認知機能障害だけでなく術後せん妄のリスクであることも言われており、また、術後せん妄が術後認知機能障害に繋がっていることも示唆されているが、現段階では動物モデルでのせん妄に関しては確立した実験系がなく、研究も限らていることから、今後の新しい知見を得るために必要と考える。 具体的には、術後せん妄に特徴的な注意力低下や意識レベルの低下などの症状から、せん妄の機序として考えられている神経伝達障害に着目し、現在進行中である、前頭葉、海馬での手術侵襲前後でのモノアミンやその受容体の変化について、2DMマウスを用いて分子生物学的解析を進めていく。現在のところ、術後2DMマウスにおいて、手術侵襲を加えることにより、術前に比較して術後で海馬におけるノルアドレナリンの低下を認めた。よって、現在、ノルアドレナリンの受容体についての解析を進めている。 今後の課題として、海馬でのノルアドレナリン減少が受容体結合後のシグナル低下をもたらすのか?また、ノルアドレナリンの変化が本当に2DMマウスでの行動変化をもたらしているのか?について調べる必要がある。これを調べるためには海馬のノルアドレナリン量を増減させるような薬剤的介入を行うか、海馬のノルアドレナリンをノックアウトさせたモデルマウスを用いて同様の行動実験を施行する必要がある。また、同時に当初の研究計画予定である血糖コントロール介入を施行し、非介入群との比較をすることで2DMモデルにおける術後の行動変化の病態機序を明らかにし、臨床応用へ繋げていく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度に物品費が足りない見込みとなり、追加で前倒し請求を行なったが、購入後に請求額までは達しなかったため。いずれにしろ、次年度以降に使用を予定していた請求額であり、研究目的に用いる予定である。
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