本研究では、近年罹患数が著増している糖尿病患者における周術期合併症としての術後せん妄、術後認知機能障害の発生機序とその予防対策を見出すことを目的とした。高脂肪食を摂食させた2型糖尿病モデルマウスを作製し、周術期の行動変化を評価し、手術侵襲前後での前頭葉と海馬における分子生物学的な解析を行なった。手術侵襲として、セボフルラン吸入全身麻酔下、開腹腸管操作手術を実施し、手術侵襲を加えた術後群を作製し、非糖尿病群、非糖尿病手術群、2型糖尿病群、2型糖尿病手術群の4群に分類した。これら4群に対して、一連の行動評価(オープンフィールド試験、新奇物体認識試験、明暗箱試験)を実施し、前頭葉および海馬の解析のために組織を摘出し、高速液体クロマトグラフィー解析を用いて、それぞれの部位でのカテコラミン濃度(ドパミン、ノルアドレナリン)を測定した。手術群に対しては、手術侵襲24時間後に同様実験を実施した。 結果、術前には2型糖尿病群は非糖尿病群と比較して過活動性を認め、術後には非糖尿病群との間に有意差は認めなかったが、2型糖尿病群では術前に比較して術後に有意に活動性や探索行動が低下した。手術侵襲に伴う認知機能障害については有意義な結果が得られなかった。組織解析では、海馬において、2型糖尿病マウスでは術前に比較して、術後にノルアドレナリン濃度が減少していたが、ドパミンには有意な差は認めなかった。よって、手術侵襲は糖尿病モデルマウスにおいて、術後に行動抑制をもたらし、海馬のノルアドレナリン濃度を低下させた。この結果に関して論文として報告した。また、追加で海馬へのノルアドレナリン投射に関わる視床下部のオレキシンについて、各群に対して脳組織の免疫組織染色を施行したが、今回は有意な結果は得られなかった。
|