研究実績の概要 |
術後せん妄(Postoperative delirium: POD) は, 手術・麻酔を契機に生じる認知障害で, 特に高齢者で問題となる。PODの発症は, 退院後の身体機能や認知機能の長期的な悪化のみならず, 死亡率増加にも関連する。せん妄の危険因子は, 高齢であることが一貫して報告されているが, 詳細な発症機序は明らかでなく, 現時点において特異的な予防方法もない。PODの発症機序の解明ならびに, 臨床応用を見据えた治療介入の検討が必要である。本研究では, 高齢動物モデルを用いて, PODの発症機序におけるマイクログリア/脳内神経炎症反応の関連性を明らかとし, これらの病態に基づく周術期予防戦略として, 神経ステロイドによる新規の治療・介入効果を基礎的アプローチにより検討することを目的とする。 まず当該年度においては, 神経ステロイドの効果をより正確に反映するために, 高齢患者のPODを想定した, PODモデルの開発に力を入れた。PODの特徴は, 急性に発症し, 日内変動があること, 注意力と認知機能の障害があることなど, その症状は多岐に渡るため, 確立された動物モデルが存在しなかった。申請者らは, これまでに高齢ラットに開腹手術を施行し, 術後モデルとして脳内神経炎症を評価してきた。そこで, 高齢ラット開腹手術後に, 音刺激と機械刺激を組みわせて注意力と認知機能を評価する, PODモデルを新たに構築した。本モデルを用いて, 神経ステロイドによる介入効果を検討していく。 また, PODモデルによる行動評価に加え, PODの病態として脳内神経炎症に注目していることから, 実験終了後に海馬を摘出し, 炎症性サイトカイン(TNFα, IL-1βなど) のmRNA発現量をRT-PCR法で, 蛋白量をELISA法でそれぞれ測定し, 評価する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PODに対する介入効果を検討する上で, これまで確立されたPODの動物モデルが存在しなかったが, 申請者らがこれまで使用してきた高齢ラット開腹手術モデルに, 音刺激と機械刺激を組みわせて, 新たにPODモデルを構築する事が出来た。 本モデルは, 条件刺激として75dBの音源, 無条件刺激として0.8mAの電気刺激を用いる。まず, 記憶の獲得として, 音源と電気刺激の間に30秒間のトレース期間をおき, この組み合わせを合計8回行い, 記憶を獲得させる。次に24時間後, 痕跡記憶試験を行う。新規の飼育ケージ下で音刺激のみを行い, その際のすくみ行動を測定する。すくみ行動が出ない場合は, 記憶の獲得が出来ていない, つまり注意行動が欠如していると判断する。 最後に文脈記憶試験として, 最初の記憶獲得ケージと同様のケージ下にラットを置き, 刺激なしでのラットのすくみ行動を測定する。ここですくみ行動が起こらない場合は, 海馬依存性の認知機能障害を意味する。 脳内神経炎症の評価として, 文脈記憶試験後に海馬を摘出し, 炎症性サイトカイン (IL-1β, TNF-α) 濃度をELISA法を用いて測定すると, 有意な増加が認められた。つまり, 脳内神経炎症はPOD様行動を起こした高齢ラットにおいて高値であることから, PODの病態は脳内神経炎症に起因していると考えられる。 本モデルの構築により, 新規治療薬として期待される神経ステイロイドによる介入の評価を, 行動実験においても行えるようになった。
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今後の研究の推進方策 |
高齢ラットPODモデルを用いて, 神経ステイロイドの介入効果を検討していく。当該年度に確立した行動評価に加え, 行動評価終了後に海馬を摘出し, 炎症性サイトカイン(TNFα, IL-1βなど) のmRNA発現量をRT-PCR法で, 蛋白量をELISA法でそれぞれ測定し, 評価する予定である。 特にRT-PCR法においては, これまでの脳内神経炎症の評価は, 蛋白量の評価方法であるELISA法を用いて実施してきたため, 高齢ラット開腹手術モデルにおける経時的なmRNA発現量は比較検討されていない。そこで, 神経ステイロイドの介入効果判定の前に, 高齢ラット開腹手術モデルにおける経時的なmRNA発現量を評価し, 蛋白量の評価方法であるELISA法と比較して, どの程度早期から発現しているかどうか, またより発現が増加するタイミングを把握することで, 介入効果の評価に適した時期を検討していく。 新規治療薬介入の前に, 介入の効果判定方法をより充実させ, 確実な評価体系を構築し,これらが整えば早期に介入実験を実施したい。
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