研究課題
良質な卵を得るためには卵胞の正常な発育は必須である。卵胞内で卵の発育を補助する顆粒膜細胞が、卵胞刺激ホルモン受容体(FSHR)を適切に発現することは、正常な卵胞発育において極めて重要である。しかしながら、発育段階にあるヒト非黄体化顆粒膜細胞を入手することは困難なこともありFSHRの発現制御機構は解明されていない。我々は卵胞内のパラクライン及びオートクライン因子が関与していると考え、我々が樹立した不死化ヒト非黄体化顆粒膜細胞株(HGrC1)を用いてFSHRの発現制御機構の解明に取り組んだ。本年度の研究により、卵子由来のシグナル伝達物質Bone Morphogenetic Protein 15(BMP15)はFSHRの発現を誘導することを認めた。卵子特有のシグナル伝達物質にはBMP15とgrowth differentiation factor 9 (GDF9)があるが、GDF9はFSHRの発現を誘導しなかった。また、神経ペプチドphoenixinもFSHR発現を誘導することを認めた。Phoenixinは2013年に初めて報告された新規神経ペプチドであり、phoenixinの卵巣における働きについてこれまで報告はなかった。近年の晩婚化により生殖医療の需要は増大したが、加齢等による卵巣の本能性低下はpoor responderと呼ばれるFSH製剤への反応不良者を生み、生殖医療の大きな課題となっている。FSHR発現低下によるFSH作用不足は、卵の質の低下だけでなく、卵胞発育が停止し排卵に至らないまま卵胞が閉鎖することにも関与する。FSHR発現制御機構の解明は、妊孕性の高い良質な卵を多く獲得するための知見を与え、poor responderへの新たな治療方法の開発に役立つ可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
BMP15とPhoenixinはHGrC1において、FSHR mRNA及びタンパク発現を促進し、FSHRシグナル伝達の産物であるCYP19A1の発現とエストラジオールの産生を促進することを認めた。これらの促進効果はそれぞれの阻害剤(TGFβ;受容体阻害剤LDN193189及びphoenixin受容体GPR173)によって阻害されることを確認した。BMP15に関しては、HGrC1におけるHAT活性を促進、FSHR遺伝子promoter領域のE-box elementのH3K9、H4K8、H4K12アセチル化を促進、そして同領域への転写因子USF1/2の結合を促進することを確認した。すなわちBMP15はエピジェネティックな制御を介してFSHRの発現を促進している可能性が示唆された。現在SMAD経路とnon-SMAD経路の関与について調査を進めている。Phoenixinに関しては、HGrC1の増殖とステロイド産生能も促進することを認めた。さらに、卵巣組織培養系にて卵胞発育の促進、排卵数の増加、成熟卵の割合の増加をもたらすことも確認し、これらの結果を論文報告した(Nguyen XP, Nakamura T et al., Reproduction (2019)158 1-10)。
Phoenixinについては当初の計画以上に進展しており、BMP15についてはおおむね順調に予定通り研究が進行しているため当初の計画通り研究を進める。BMP15に関してFSHR発現制御においてSMAD経路とnon-SMAD経路の関与を調べる。SMAD経路に関してはTGFβ61538;受容体阻害剤LDN193189を用いてSmad1/5/8のリン酸化を調べ、non-SMAD経路に関してはp38 MAPK阻害剤SB203580を用いてp38のリン酸化を調べる。Ex vivoの実験としてBMP15を添加した卵巣組織培養を行い、発育卵胞数、卵胞の発育速度、最大卵胞面積、放出卵の成熟度について解析する。さらにin vivoの実験としてBMP15をマウスに腹腔内投与し、自然周期における卵巣重量と発育卵胞数、過排卵刺激周期における排卵数や成熟卵子数を検討する。
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Reproduction
巻: 158 ページ: 25~34
10.1530/REP-19-0025