顔面神経麻痺を伴う耳下腺癌は予後が悪い。癌の転移にはリンパ行性転移、血行性転移、播種が知られているが、最近の研究では神経浸潤が第4の転移経路として報告されている。今回、耳下腺癌における神経浸潤と顔面神経麻痺ならびに予後における関係に着目し、研究を開始した。当科で治療した耳下腺癌89症例において神経浸潤を認めたのは27%で、そのうち顔面神経麻痺を認めたものは20%であった。その中で顔面神経浸潤の割合が高かった癌種である、腺様嚢胞癌(AdCC)、唾液腺導管癌(de novo SDC)、多形線腫由来唾液腺導管癌(CXPA-SDC)を対象とした。これらを神経浸潤に関係があると予想される分子であるNCAM/TRKA/TRKB/TRKCの免疫染色にて解析した。その結果、AdCCはTRKBの発現が低く、それに対してde novo SDC、CXPA-SDCにおいてTRKBの発現は高かった。次にこれらの癌種とTRKB、神経浸潤、顔面神経麻痺、血管浸潤、リンパ管浸潤を比較検討した。すると、AdCCと比較してSDC (de novo + CXPA) では有意にTRKBの発現が高く、リンパ管浸潤の割合が高かった。また、AdCCやCXPA-SDCと比較してde novo SDCでは有意に血管浸潤およびリンパ管浸潤、顔面神経麻痺の割合が高かった。TRKBの高発現は耳下腺癌のリンパ管浸潤と高い相関があることがわかった。今回の研究からは、耳下腺癌の浸潤能と転移能に、またSDCの高い浸潤能と転移能にTRKBが寄与している可能性があると考えられた。しかし、それはTRKB単独で規定するものではなく、その他の因子も関係も示唆された。今後は患者由来耳下腺癌の初代培養細胞系を用いて耳下腺癌細胞の浸潤能へのTRKB阻害の効果を検討していく方針である。
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