補綴装置を作製する際に決定された咬合高径は,必ずしも患者の満足度と一致するとは限らず,最終的な咬合高径の決定は患者の主観的感覚に委ねることも少なくない。口腔内に装着された補綴装置の咬合が,身体機能に及ぼす影響を術者が評価する科学的測定方法はなく,補綴治療がその患者に適正であるかの判断は,長年その糸口を見出だせていない。さらに高齢 社会を迎え,訪問診療も含めた医療の現場において,意思疎通が難しい患者が急増しておりこの問題の解決は急務である。従来の咬合の高さの決定や紙による咬合のバランス,咀嚼効率・咬合力の検査は一定の指標にはなるが,必ずしも患者満足度とは一致しておらず,歯科医師は技術と経験により患者の主観によって治療を行なっているのが現状である。本研究は,下顎位の変化によって誘発される前頭前野の血流量の変動を計測し,咬合高径の客観的評価法の可能性について検討した。 被験者は,個性正常咬合を有する成人 18 名を対象とし,高さの異なる咬合挙上スプリントを装着した時の前頭前野の神経活動を機能的近赤外分光法 ( fNIRS ) を用いて計測した。また,その時の情動変化を視覚的アナログスケール ( VAS ) を用いて主観的に評価した。その結果,咬合挙上量が増加するにつれて不快感は有意に上昇したのに対して,前頭前野の神経活動も変動し特に前頭極付近で有意な変化が観察された。以上のことから前頭前野の神経活動より,非侵襲的かつ客観的に咬合高径を評価出来る可能性が示唆された。
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