本研究は、近年、疫学研究において注目されているコーヒーの常飲と癌予防効果の関連について、その分子メカニズムをケミカルバイオロジーの手法を用いて、明らかにするものである。まず複数のヒト大腸癌細胞株に対し、コーヒー含有成分のクロロゲン酸、キナ酸、カフェ酸を処理したところ、クロロゲン酸とカフェ酸は顕著なコロニー形成抑制効果を示したが、キナ酸はいずれの細胞に対しても、コロニー形成に影響を与えなかった。クロロゲン酸は熱に弱く、生体内においてカフェ酸とキナ酸に分解されることも考慮し、カフェ酸の結合タンパク質を同定することとした。ケミカルバイオロジーの技術を用いて、カフェ酸をナノ磁性ビーズに固定化後、カフェ酸結合タンパク質を精製し、質量分析計にて解析した結果、カフェ酸の新規標的タンパク質として、RPS5とPHB2が同定された。siRNAにより、RPS5及びPHB2を発現枯渇させたところ、いずれも大腸癌細胞のコロニー形成抑制効果を認めた。次に、Connectivity Mapを用いて、RPS5とPHB2により制御される共通の遺伝子群を抽出した結果、G1期細胞周期に関与する遺伝子群がエンリッチされた。この結果をもとに、カフェ酸処理及びsiRPS5、siPHB2処理後に変動するG1期関連タンパク質について、ウエスタンブロット法により探索したところ、cyclin D1がいずれの処理においても、共通して減少することを見出した。さらにsiRPS5処理によりcyclin D1 mRNAの発現減少を認めた一方、siPHB2処理ではcyclin D1 mRNAの有意な変動は認めなかった。以上の結果から、大腸癌予防効果が期待されるコーヒー含有成分であるカフェ酸は、癌細胞内において、RPS5及びPHB2に結合し、それぞれ異なる機序によりcyclin D1の発現を減少させることで増殖抑制効果を示すと考えられた。
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