研究課題/領域番号 |
18K17552
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
笹川 恵美 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 助教 (90757270)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 助産学 / 国際保健 / 母子保健 / 人間的出産 / エルサルバドル |
研究実績の概要 |
「人間的出産」とは、出産を生理学的に捉え直し、過度な医療介入を避け、女性の産む力、児の生まれる力を最大限に活かせるような分娩時のケアのことを指しており 、そしてまた、ヒューマニティ(人間性)に根差した医療者と女性の絶え間ない変革のプロセスとも言える。「人間的」という言葉は、中南米地域の社会・歴史・文化的文脈の中で広く用いられてきた経緯があるため、ラテンアメリカ人にとって馴染み深い用語である。さらに、「人間的出産」と、現在世界中で使われている「産婦を尊重するケア」という用語は、それぞれ大きく重なりあう概念であると捉えられている。 本研究は、中米エルサルバドルにおける「人間的出産」のモデルを構築し、エルサルバドル全土へモデルを普及・導入することを目的としている。当初の計画では、全国で27施設ある第2次医療機関の国立病院のうち、保健省が選んだ5施設を対象に、【ベースライン調査】を通じて分娩時ケアの実態把握を行い、【人間的出産ケアモデルの構築と導入】に向けて「人間的出産委員会」を組織し、ベースライン調査結果に基づいたケアモデルを構築する、そして【インパクト評価】でモデル導入後に分娩時ケアの質の向上を評価する、という3つの大きな枠組を基に活動する予定を立てていた。 2018年度は、初年度の活動として、保健省の母子保健担当官および看護部長、国立病院の産婦人科と看護師による「人間的出産委員会」を組織化することから始まった。人間的出産が内包するケア・態度の意識化を通じて、人間的出産に関する共通認識を得ることとした。予定では、2018年度に【ベースライン調査】を実施するつもりであったが、調査実施までには至らず、現在、保健省・病院関係者と協議を重ねながら、研究プロポーザルや質問票等を、日本語・スペイン語で作成中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2017年、本研究の採択以前、エルサルバドル保健省との協議において、人間的出産モデルはパイロット病院5施設から導入し、徐々に全国の国立病院で展開する、という計画を立案していた。しかし2018年、本研究の採択後、保健省の意向を受け、パイロット病院という施設数の制限を取り払い、全国で27施設ある第2次医療機関の全ての国立病院において、一斉に「人間的出産」を導入することが決まった。しかし、本研究では5施設での調査実施の資金を確保しているのみであることから、医療施設を選択するための判断材料となる、各病院の地域特性や年間出産件数などの基礎的な情報を集めるのに時間を要している。また、近年エルサルバドルの治安状況は悪化しており、以前は安全だった地域でも、在エルサルバドル日本大使館が、日本人に立ち入らないように注意喚起している犯罪多発地域があるため、当該地域が所在地である病院は避けるなど、病院選択は慎重に行っている。 しかしながら、2018年度は科研費以外の資金でエルサルバドルに複数回渡航しており、その都度エルサルバドル保健省をはじめとする関係者と打ち合わせを行い、研究計画を詰めてきた経緯がある。ベースライン調査として用いる指標や尺度のコンセンサスは得られているため、研究プロトコールを2ヵ国語で作成し、承認が下りれば、この遅れは取り戻せることができると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
エルサルバドル保健省との協議を通じて、早急に調査対象地域の選定をしたうえで、研究プロトコールをスペイン語と日本語で作成する。エルサルバドルおよび日本の両国の倫理委員会に研究プロトコールを提出後は、承認されるまでの審査プロセスをフォローする。なお、ベースライン調査は以下の2つで構成されている。 【産後1日目の褥婦を対象とした出産満足度調査】エルサルバドルの国立病院では、健康な母子は産後1日目で退院するが、経腟分娩後に産褥病棟に入院中の褥婦を対象に、自記式質問票を用いた出産満足度調査を行う。調査員として、各病院で非医療従事者を出産数に応じて1~2名雇用する。調査員による調査主旨の説明と文書による同意書を入手後、質問票に記載してもらう。非識字の女性対しては、調査員が読んでサポートする。出産満足度を図る尺度は、スペイン語で既に妥当性が検証されている尺度を用いる。 【分娩時の産科医療・ケアの実態調査】分娩目的で入院した女性に対する医師・看護師の医療介入やケアの直接観察およびカルテ調査から、産科ケアの実態を把握する。調査の視点は、WHO新ガイドラインの推奨56項目を主軸に置く。各病院では、調査員として病院と関わりのない医療従事者を出産数に応じて2~3名雇用する。ローリスクの産婦を中心にリクルートする。調査員による調査主旨の説明と文書による同意書を産婦から入手後、観察およびカルテ調査を開始する。分娩室のスタッフには、事前説明会を開催し、観察対象者への医療介入・ケアが観察されることに対する内諾を得ておく。分娩経過を考慮しながら、WHOが2018年に出版した正常出産のガイドライン 「WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」の推奨項目のうち、「推奨されているケアを実践した割合」「推奨されないケアを実践した割合」等を算出していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度の支払い請求額は40万円であり、エルサルバドル関係者との事前打合わせ・倫理申請を目的としたエルサルバドル渡航1回分の航空賃と日当宿泊分として計上してあった。エルサルバドルでの倫理申請まで至らなかったため、この40万円は使用しなかったが、2018年度は本研究費以外の資金を用いてエルサルバドルに複数回渡航し、事前打ち合わせを進めてきた。2019年度は、この40万円をエルサルバドルにおける倫理申請時の渡航費として使用する予定である。
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