「人間的出産」は、人間の自然な営みである分娩を生理学的に捉え直し、過度な医療介入を避け、母児の力を最大限に活かせるような分娩時のケアを指す。本研究は、中米エルサルバドルにおいて導入を図ってきた「人間的出産ケアモデル」が、どのように受け入れられてきたかをベースライン調査・インパクト調査の2時点で評価するものである。本研究は、産後女性を対象に産科ケア満足度尺度を用いたインタビュー調査と、陣痛室・分娩室・回復室での分娩時ケアの様子を観察する直接観察調査から成っている。 2022年度は、インパクト調査をエルサルバドル国立女性病院で実施し、133名が産科ケア満足度調査に参加し、82名が分娩時ケアの直接観察に参加した。ベースライン調査時と比べ、産科ケア満足度尺度の合計得点は有意に上昇したが、特に家族の立ち合い分娩に関する項目で満足度が上昇していた。直接観察では、科学的根拠に基づいたケアの実践割合も上昇し、分娩中の飲水・飲食が進められるケースや、分娩第1期の自由な体動、分娩第2期の自由な分娩体位など、出産の生理学的プロセスを促すケアにおいて改善が見られていた。 しかし、当初2022年度は5施設でインパクト調査を実施する予定だったが、実施できたのは1施設のみだった。本研究の研究計画書はエルサルバドル保健省倫理委員会から承認されており実施準備を進めていたが、政権交代に伴い2022年6月に保健省の母子保健担当部署の幹部らが更迭されたこと等に関連し、予定していた残り4施設でのインパクト調査実施が叶わなかった。しかしながら、エルサルバドルは、2022年8月に人間的出産を女性の権利として保護する法律を公布し、国の重要課題として母子保健政策を掲げたことを受け、今後はエルサルバドルにおける人間的出産が国内に波及し、分娩時ケアの質の向上が促されることが期待される。
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