研究課題
アルツハイマー病において、病態と密接にかかわる分子として、アミロイドβ(以下、Aβ)が挙げられる。老人斑と呼ばれるAβの沈着物は、アルツハイマー病の病態カスケードにおいて最も早期に見られる病理学的特徴であり、Aβの産生や分解等、その代謝に着目したアプローチは、アルツハイマー病の発症や進行を抑制する上で非常に重要であると考えられる。その一方で、近年、アルツハイマー病と生活習慣病が密接に関わっているのではないかという疫学的な報告が相次いでおり、申請者らは認知症に対する支援を目的に、生活習慣病とアルツハイマー病の関係性について検証を重ねてきた結果、食事改善よりも運動の方が、Aβの沈着や空間認識記憶力に対する抑制的効果を呈する事を明らかにしてきた。運動をさせたマウスにおいて、海馬内のFibronectin type III domain-containing protein 5 (FNDC5) が多く発現し、BDNF 分泌量の増加や、行動試験における空間認識記憶力の改善が見られる事が分かっている。FNDC5は、通常筋に多く発現し、運動に伴い何らかの酵素によって切断を受け、Irisinと呼ばれるmyokine(筋由来ホルモンの総称)を分泌させる。申請者は昨年度、このIrisinを分泌させるFNDC5がAβ前駆体タンパク質と相互作用する事、またこれら2分子は、Aβ産生のキーとなる切断部位付近で結合し、Aβ産生を抑制する事を報告した。この結果を発展させる事で、運動に伴い発現が増加するFNDC5/Irisinが、Aβを抑制する機序、ひいてはアルツハイマー病の予防もしくは進行を遅延させる機序を明らかにする事ができ、根拠に基づく認知症予防策を提示する事ができる。
3: やや遅れている
FNDC5/IrisinとAβとの関係性について、培養細胞系を用いた検証を行ってきたが、計画に適合した条件のマウスを準備することに時間を要している。ヒトの脳脊髄液サンプル、血清サンプルについても収集に時間を要していたが、一定数の収集に目処が立ったことから、次の測定のステップに進むことができると考えられる。
運動に伴い発現が増加するFNDC5/Irisinが、アルツハイマー病の病理に影響を与えるという可能性について指摘したのは、申請者が昨年報告した論文が初めてであるが、本年1月、Irisinがアルツハイマー病モデルマウスの認知機能を改善させる事、アルツハイマー病患者の髄液ではIrisin濃度が低下している事といった、大変興味深いデータがNature Medicineより報告された。このNature Medicineの論文ではFNDC5/IrisinとAβ病理との関係性までは検証していないため、申請者としてはメカニズムの追求を一刻も早く進めていく必要があると考える。FNDC5ノックアウトマウスを用い、FNDC5/irisinとAβとの関係性をより明確にし、またAβに効果を示すFNDC5/Irisinが、筋由来のものか脳由来のものかを明らかにする。
すべて 2018
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件)
Molecular Brain
巻: 11 ページ: -
10.1186