本年度は、嗅覚刺激に伴って誘発される主観的な快・不快度と認知機能との関連を明らかにすることを目標とした。健常成人9名(男性1名、女性8名、21.6±0.5歳)を対象に、5種類の異なる嗅覚測定用基準臭を3分間提示後に前頭葉認知ストループ課題100問をそれぞれ実施し、その所要時間と誤答数の変化を無臭条件と比較した。さらに、各々の嗅覚刺激における主観的快・不快度を聴取し、課題所要時間との相関関係を検討した。
“靴下臭”および“糞便臭”は全被験者において「不快」と回答され、不快感情度が無臭よりも有意に増加した。これら各々の嗅覚刺激後に、前頭葉認知ストループ課題の所要時間は無臭と比較して有意に増加したが、誤答数は各嗅覚刺激と無臭との間で差がなかった。すなわち、嗅覚刺激に伴う不快感情はストループ認知処理の正確性を保持したまま、課題処理速度を低下させたと考えられる。一方“バラ”、“カラメル”、“ピーチ”という各々の嗅覚刺激において主観的感情度は被験者ごとに「快」あるいは「不快」という相反する方向性の回答が得られ、無臭との差がなかった。この結果は、同一の嗅覚刺激における感情惹起パターンは一様でなく個人差があることを示唆した。“バラ”、“カラメル”、 “ピーチ”の各嗅覚刺激後において課題所要時間は無臭条件と変わらなかった。そこで、上記3種類の嗅覚刺激を快と回答した群および不快と回答した群ごとに嗅覚刺激後のストループ課題所要時間を調べたところ、快と回答した群で減少傾向、不快と回答した群では増加傾向がみられた。5種類の異なる嗅覚刺激における主観的快・不快感情度と課題所要時間との間には負の相関がみられ、課題所要時間は快度が増加するほど短縮し、不快度が増加するほど延長した。
以上の結果から、嗅覚刺激に伴う主観的な不快感情度が高い程,認知機能は低下することが示唆された。
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