着衣泳は,人命に直結するため,教育現場では,その意義が認められるものの,指導内容は個々の教師や指導者の信念や経験に基づいて行われている.本研究課題は,呼吸に伴う浮力の増減や衣服の組み合わせが,ヒトの浮力と重力の大小関係,浮心と重心の位置関係に及ぼす影響を詳細に検証するとともに,着衣泳指導に役立てるための知見を得ることを目的とした. 平成30年度は,夏の軽装を想定したTシャツとハーフパンツの着用が,水中のヒトの肺換気量,浮力,浮心,重心に及ぼす影響を検証した.検証の結果,肺換気量は,着衣時が水着時より有意な低値を示した.浮力は,着衣時が水着時より有意な低値を示した.水平姿勢を評価する指標の浮心重心間距離は,水着時と着衣時で統計学的有意差は認められなかった.この研究により,たとえ着圧が高くない衣服でも,水中で衣服を着用した場合では吸気に影響を及ぼすことが示唆された. 令和元年度は,上記服装に加えて,靴の着用が水中におけるヒトの肺換気量,浮力,浮心,重心に及ぼす影響を検証した.検証の結果,肺換気量は,着衣時が水着時より有意な低値を示したが,浮力に統計学的有意差は認められなかった.浮心重心間距離は,着衣時が水着時より有意な低値を示した.検証の結果,靴の着用は,肺換気量の減少に伴う浮力の減少を補完し,元来沈降する下肢を持ち上げて身体を水平に近づけることが示唆された.また,顔を挙げてクロールを泳いだ場合,着衣時は水着時より泳速度とストローク長はそれぞれ低値を示したが,ストローク頻度ではほとんど差が見られなかった.一方,主観的運動強度を評価するRPEは着衣時が水着時より高値を示したが,客観的運動強度を評価する心拍数は着衣時と水着時で差は認められす,主観と客観の間に乖離が生じることが示唆された. 令和2年度は,これまでに得られたデータを基に,着衣泳指導の系統化を目指して議論を深めた.
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